第百二十六話

「ヘレナ、ヘレナ」


 現実逃避中のヘレナが手近なクッキーをポリポリとかじっているとその肩をソフィアが何度か小突く。


「カサンドラさん見た目とは随分印象が違いますね」


 ヘレナ自身、自分がどれだけ無意識にクッキーをかじっていたかは覚えてはいないが当初あれだけあったスイーツの山も今では丘程の高さになり向こう側の景色もようやっと確認できるようになっていた。

 これであればおそらくサリーナにはしっかりサリーナのために買ったお土産が渡されることになるだろう。そういった意味でもヘレナにとってようやっと今の現状はどうにか一息をつけるようになったのだった。


「そうだね、なんて言うかもっとこう寡黙というかおしとやかなイメージだったけど……でも、きっとこっちの顔がカサンドラさんの素顔なんだろうね」


 輝く目で次から次へとフォークを口へと運んでいくカサンドラ。その顔はここにいる誰よりもスイーツの味を噛み締めて、なおかつ見ている方まで笑顔にするほど微笑ましいものだった。


「あっ、すっかり忘れてましたけどラクスラインさん今日の要件って?」


「……あ、あぁ。実は少しばかり頼みたい事があるんだ」


 ヘレナの疑問に机に突っ伏していたラクスラインはのっそり起き上がった。そうして苦しさを紛らわせるべくコーヒーを一口飲み込んで二人に向き直る。

 その表情を見てヘレナもカップを戻しソフィアも食べていたマフィンを何とか飲み込む。


「その、サリーナ殿に会わせてもらいたいんだ」


 満を持して切り出されたラクスラインの一言、それに対するヘレナの返答はこれまたあっさりしたものだった。


「ほぇ? 別に構いませんよ、ちょうど今日行きますしなんなら一緒に来ますか? ソフィアも別に問題ないでしょ?」


 話を振られたソフィアも嫌な顔せず返事一つで了承した。

 何事においてもそうだが基本的にヘレナは信用している人の頼み事は断らない。さすがに自分一人では対応できないようなことには即答とはいかないが出来ることならばその限りでは無い。

 だから大抵頼んだ側がこう聞くのだった。


「……頼んでおいてなんだが理由を聞かないのか?」


 そうした場合、ヘレナが聞くのは決まって同じ事である、「聞いて欲しいんですか?」、と。ヘレナからすれば聞く理由がないから聞かないのであってそれ自体に何ら疑問は無い。会いたいのなら会えば良いのだしその手助けが出来るのならば出来ることをするだけなのだ。もちろん理由を言いたいのなら言えばいいし無論ヘレナはそれをきちんと聞いておく。別に話したくないことを無理に話させるというのは彼女からしたら気分のいいものではない。


「いや、そういう訳では無いんだが……普通少しは考えるものなんじゃないのか」

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