第二十四話

「ところでお嬢様。今日の御支度はできておられますか?」


「起きてください」と、毎朝のモーニングコールをサリーナから三回受けてようやっとヘレナはベッドから起き上がる。重たいまぶたを何度かこすってあたりを見まわすとせわしなくサリーナが動き回っている。せっせと何かの準備をしているようだった。


「……今日って何かあったっけ……ふあぁ~あ……」


 欠伸あくびまじりに確認するヘレナの両肩にサリーナの両手が置かれる。


「……お嬢様は何しにここへ来たのですか?」


 何故か寝起き一番に諭されるというヘレナとしては謎すぎる状況。

 当然のごとく訳の分からないヘレナはなんでサリーナがそこまで気合いを入れて準備をしているかを寝起きの頭を最大限回転させて記憶を辿る。


「あー。試験、今日だった?」


 数秒の沈黙の後、相変わらず緊張感のない声でヘレナが呟く。その様子にサリーナからはため息がこぼれる。

 彼女たちが今に至るまで、約一ヶ月の間このアレイスロアに留まっていたのには理由があった。

 ヘレナが街へ行くということになりリブライトはヘレナにいくつかの条件を出している。その中でも必ず守るようにと言われたのが今日行われる試験への強制参加。

 今日はこのアレイスロアが世界に誇る学院の入学試験が行われる。

『アレイスロア王立魔法学院』

 その名の通り国が立てた魔法を学ぶための学院であり、この国にとどまらずこの大陸ひいてはこの世界でもその名は響いている。その運営などの諸々の資金は国がまかなっているため、王国の中でも有数の景観を誇っている。いくつもの機関や部門が併設されている中でも魔法、あるいはその研究においては大陸では右に出る国はないとまで言われている。

 国内にあるいくつかの学院の中でもここ、アレイスロア魔法学院は特に最先端であり当然入試に関しては最難関でもある。

 つまるところこの学院は超がつくほどの名門校だということだ。

 本来であればヘレナも公爵家の娘、何よりこの領地の領主の娘ということもあるため入試が免除されてもおかしくはないのだがヘレナはサリーナの娘としてこの街に入ってきているうえに今、リブライトが公にしている跡取りはいないという状況。


(あれれ? 私ってもしかして結構面倒くさい立ち位置にいるのかな)


 しばらく考え込んでいたヘレナが首を傾げてむむむとうめく。

 ちなみにこの魔法学院の入学試験に年齢制限はないのだ。もちろん赤ん坊が試験を受けられるかといえばそれは流石に無理なことで、一応最低限度の制限があるにはしても基本的には会話が成り立っていれば試験を受ける資格はあるということになる。ただ、貴族たちはこぞって魔法の教養、教育を受けさせたがることもあって受験者の平均年齢は七、八歳程度なのだそう。


「それにしてもお嬢様。私にはこの一ヶ月勉強をしているようには見えなかったのですが大丈夫ですか?」


「ん? 勉強はしてたよ」


 心配をしていたサリーナが困惑した様子で首をひねる。


「だって、魔法学院の入試って基本的に一般知識なんだって。七割が一般知識で残りが専門知識なんだって、魔法に関する専門知識に関してはサリーナやとーさまのおかげで多分問題ないだろうから、この一ヶ月は街の中を回って色んな情報を集めてたんだよ?」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことでサリーナはポカーンと放心状態。


「……で、では、試験までの日程も考えて外出を提案なさったのですか?」


「ううん、それは完全に偶然。でも、とーさまが何か条件を出してくだろうなぁとは思ってたからキリのいいこの時期に頼んだの。まぁ、私が思っていたよりも数倍きつい感じになってるけどね」


「ま、まぁ何であれ、とりあえず着替えてください。その恰好では受けられる試験も受けられませんから」


 その後ヘレナはサリーナに言われるがままに用意された衣装に着替えて、朝食を残さずお腹に収めた。

 予定よりもだいぶ早く学院へと辿り着いたヘレナは満面の笑顔と共に手を大きく振って試験会場の中へと入っていった。


(お嬢様は気がついていないのですね。本来、七歳になったばかりの少女でもそこまであれこれを考えて行動しているわけではないのですよ……)


 笑顔で手を振り返す中でサリーナは一抹の不安を感じていた……いや、感じざるを得なかったのだ。

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