第二十五話

 大きな門をくぐり、立派な並木道をしばらく道なりに進むと大きな広場があって、そこにはヘレナの二倍はあるかという大きさの掲示板があった。

 広場にはベンチに座ってうたた寝する人や木陰で必死に手を擦り合わせている人など様々で皆が皆緊張しているのか会話もなくただまばらに人が散らばっていた。

 そんな中でヘレナは違和感と共に視線を感じた。


(……もしかして、試験ってもう始まっているのかな?)


 ジーッ、と広場の隅にそびえる大木、その中腹辺りに視線を向ける。

 誰もいないし風も吹いていないのに枝が震え若葉が地面に落ちる。


「あ、あれ? いなくなった?」


 しばらくそのまま様子を見ていたけれど後に残ったのは僅かな魔力の残滓ざんしだけだった。

 いくらなんでも試験にあそこまで完璧に隠密している試験官を使うのかという疑問とこれだけ大きな学校の試験ならばそこまでしてもおかしくないのかもという謎の安心感、そして何より前まではありえなかった完璧な隠密を見抜いてしまった自分に驚愕あるいは呆れたような、曖昧な表情をしながらヘレナは中央の掲示板へと足を向けた。


「……どうしよう」


 数分間の間背伸びをしたり飛び跳ねていたヘレナはため息混じりに呟いた。

 いかんせんヘレナの身長よりも高い掲示板。光の反射も相まってその上の方に書かれている番号が確認できずにいた。そしてどうやらヘレナの番号はその上の方に書かれているようだった。


「ねぇ、何してるの?」


 近くに登れるような台はないし他の人立ちに話しかけるというのも気が引ける。

 結局他にどうにかするあてもなくぴょんぴょんと跳ねていると背後から声が飛んできたのだった。

 慌てて振り返るとそこにはまさしくお嬢様と呼ぶにふさわしい格好をした、金髪の少女が立っていた。

 歳はヘレナと大差がないようだったがその立ち振る舞いには天と地の差があった。彼女の立ち振る舞いは明らかに貴族のそれだった。何より彼女の衣装の放つ存在感は絶大だった。紺青のドレスをまとってそれこそ今から舞踏会に行くと言われても不思議ではないというかそちらの方が正しい感じが漂っている。

 即座に頭を低くして掲示板の前から外れようとするヘレナ。

 しかし、その肩を素早く少女が掴む。


「ねぇ、私と友達になって」


「「…………」」


「……へ?」


 間違いなく文句を言われるであろうと身構えていたヘレナだったが唐突彼女の告白についつい間抜けた声が漏れてしまった。


「……私の名前はソフィア・フォン・カトラス」


 世情をよく知らないヘレナでもカトラス家のことは知っていた。

 王国の貴族の中では最古参の大貴族、王国の懐刀と呼ばれることもあり武術、とりわけ槍術においては国内においても最高峰。

 そして何よりヘレナはカトラス家の現当主レバノス・フォン・カトラスを知っているし何度か目にしている。というのもレバノスとリブライトは旧知の仲、魔法学院時代の同級生であり親友でもあったそう。そんなこともあってしばしばヘレナの実家に訪れていた。もちろん、レバノスはヘレナのことを知らない。ただヘレナが遠目で見たことがある程度だ。

 ちなみにヘレナはソフィアのことも見たことが一度だけあり、ソフィアもまたヘレナのことを一度だけ見たことがある。二人は全く覚えていないようだけれど。


「えーっと、ヘレナ……バルトホルン、です」


「じゃぁ、やっぱりサリーナ様の!」


 ガシッと両手を掴まれて激しく上下に振り回される。


(つまりはあれか、サリーナに会うための口実。そのために私と友達になろうと……でも、そもそもカトラス家の権力を使えばレイアスロウまでサリーナを招集することなんて簡単だと思うんだけどな)


 何とも言えない複雑な心境だったが、それでも笑顔を作ってヘレナはソフィアの激しい握手を乗り切ったのだった。

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