第二十三話

「サリーナ、冒険者ってどうやってなるの?」


 とある日の夕暮れ、借りている宿に帰るとヘレナがそう切り出した。外では親子、あるいは姉妹のように振舞っている二人だが宿では、いつも屋敷にいたころと変わらない関係性に戻る。流石に四六時中サリーナのことをお母さんと呼ぶのが慣れないヘレナ経っての願いだった。サリーナは残念そうではあったが先日嫌われそうになったこともあって認めざるを得なかった、というのが正しいだろう。


「いきなりですね。とはいえ別に難しいことはありませんよ、ちょっとした適性検査を受けてギルドカードを発行してもらえればそれで立派な冒険者の端くれですから」


「立派な端くれ……ね。ねぇ、私もその適性検査って受けられるの?」


「…………お嬢様は冒険者になりたいのですか?」


 いつもよりも幾分真剣な表情でサリーナがヘレナに詰め寄る。その形相は相当なものでヘレナはなすすべもなくベッド端の壁際まで追いやられた。ただ、ヘレナの瞳は真っ直ぐサリーナのことを見つめていた。そこには一切の迷いもなかった。ただ、黙って頷くヘレナにサリーナは口を開いた。


「私はお嬢様の従者です。お嬢様が何かをなそうとするのならば私はそれを全力で助力致します。行けとご命じなさるなら死地へも飛び込む覚悟はできております。ただ、何であっても私からお嬢様に冒険者という職をお勧めすることはできません。あれは死ぬことが当然、死と常に隣り合わせの危険な職でありますから」


 あまりにも真剣なサリーナの様子にすっかりヘレナは気圧され、ベッドの端で正座をして黙って話を聞いていた。ただ、サリーナは何となくこうなるのではないかと思っていた。ヘレナが赤ん坊のころから日々その成長を見守ってきたからこそ、ヘレナの性格や思考は手に取るように分かった、分かってしまう程にサリーナはヘレナの近くにいた。だから、この程度でヘレナが止まることはないと知っていた。ましてやあの瞳だ、どうにかして街に出たいとサリーナに相談してきたときと全く同じあの瞳だ。

 諦めろ、と諭す方が無理難題というわけだ。


「…………お嬢様の命はお嬢様のものです、何をなされようとも私がどうこう言う立場にはございません。ただ、お嬢様の命はお嬢様だけのものではないということをくれぐれもお忘れなきようお願いいたします。私が言いたいのはそれだけでございます……さて、夕飯はどうしましょうか、この辺では街道の突き当りにあるという『海の渚亭』という料理屋が美味しい料理を出すともっぱら有名ですからそこなんてどうですか?」


「……うん、そうだね」


「あぁ、あと、適性検査を受けられる最低年齢は十歳ですので、まだまだ時間はあります、ですからよく考えてくださいね」


 冒険者ギルドが創立したのは今から約三百年前、商業ギルドや農業組合よりも長い歴史を持つ冒険者ギルドでも今までに最年少で冒険者に登録されたという記録はない。冒険者になりたいという若者はそれこそごまんといる。毎年、毎月各支部には十歳になって間もないの少年や少女が検査を受けに来る。

 でも、彼らはほぼ確実に検査に落ちる。

 そう、適性が足りないのだ。そうして結局、彼らの中から冒険者になれるのはごく少数だったりする。更に最初に検査を受けてから受かるまでに十年以上かかったなんて話もざらにある。ヘレナが思っているよりも案外それなりに冒険者になるということは難しかったりするのだ。

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