第七十八話

 その後数分間クレアは辺りを見渡していたが怪しい人影はなかった。闘技場の生徒たちにも先ほどまでの緊張感はすっかりなくなっていた。ヘレナやソフィアのように警戒を強めている生徒はもはや片手で数えらるほどしかいなかった。


「勘違いなんじゃないの?」


 闘技場の生徒の意見を代表するかのようなクレアの一言。そんな様子の彼女と生徒を見てヘレナは諦めたように頭を搔いた。


「……ならよかったのにね」


 クレアの疑問にヘレナが答えると同時に闘技場の一角に爆音と共に土煙が巻き上がる。悲鳴が大きく響くなか「クレアも構えた方がいいよ」、と彼女の腰のレイピアを指差し呟くヘレナ。


「へ、ヘレナちゃんは?」


「少し、様子見……ソフィア」


「わかってるよ」


 一度緊張感が途切れたからかそこからの混乱は凄まじいものだった。あっという間に闘技場にいる生徒間を伝播していく。怯える生徒たちは一斉に四方の入り口へと駆けだした。

 ただ、彼らにとって不幸だったのは入り口全てが閉ざされていたということだろう。いつの間にか下ろされれていた鉄扉は彼らの力でどうこうできるものではなかった。


「扉をいつの間に……」


「多分さっきの爆音と一緒に下ろされたんじゃないかな…………それよりも問題はあっちだよ。ソフィア、見える?」


 閉じ込められたという事実も加わって混乱はさらに加速する。

 止めようのない混乱のせいで最初に上がった土煙が収まることはなくむしろさらに大きくなっている。土煙の奥の方はヘレナでも全く確認することができずただ甲高い金属音が悲鳴の中で反響している。


「見えない、でも音から何となくの場所は分かるよ」


「無理はできないから、土煙が収まってからって思ってたのに……全く収まる気配がないんだよね。とはいえむやみやたらに突っ込むと怒られるしなぁ、どうしようか?」


「なんで二人ともそんなに冷静なの? ソフィアちゃんは分からなくもないよ槍術家の家系だから、小さい頃からこういった状況が日常茶飯事だって言われても納得は……できないけど理解はできる。でもヘレナちゃんはおかしくない? たとえ英雄の娘だからってそこまできもは据わらないでしょ。もしかして英雄の娘ってだけでそこら辺が何となく大丈夫になるスキルとかあるの? でも、でも、だとしても二人とも―――ひぅ!」


 傍らで普段に比べ物凄くよくしゃべるクレアに内心で「そんなスキルあればよかったのに」、と苦笑いをこぼすヘレナはクレアの脇腹をつついて質問をする。


「クレア、あの土煙晴らすことできる?」


「本当に冷静なんだね……できなくはない、けど時間かかるよ。正直、自然に落ち着くのと大差ない気がするけど」


「なら、俺が及ばずながら力を貸すとにしよう」

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