第百五十六話

「…………ふぅ〜」


 改めて息を吐くと私の体は支えを失ってペタリと階段に座り込みます。

 ガクガクと震える足がどれだけ私が緊張していたのかを物語っています。この分だとおそらく数分間はここから動けないことでしょう。


「本当に緊張しました。でも、これで少しはヘレナに近づけるはず……いえ、何なら追い越してしまうかもしれません」


 ええ、それは喜ぶべきことですし私は現に嬉しいとそう思っています。それは間違いのないことでそこには噓も偽りもありません。

 でも、どうしてもそれだけではいられないのです。

 だって、あの時の先生の雰囲気は異常でした。

 あの雰囲気から私が感じた空気が噓のない先生の本心なのだとしたら。仮にそれを私が正確に感じ取っていたのなら。

 そこから考えられることは、先生は私が、もっと言うなら私たちが魔法を学ぶということ、扱えるようになることを悲しんでいるということ。

 あるいはそれがもたらす結末を危惧しているのかもしれないということ。


「でも、先生は私に魔法を教えると、そう言ってくれました。少なくともその言葉に噓はありませんでした」


 だとしたら、先生が悲しんだのは私たちが原因ではない可能性もあるということ。いえ、というよりもそっちの方が可能性が高そうです。まずもって私と先生は今日が初対面なのですから同情する程の情も感じて無いと考えるのが妥当です。

 そうなると先生は過去に魔法関係で何かしらの問題を抱えている、ということになるのでしょうか?

 そうなると私に魔法を教えるのに難色を示したということは以前にもそういった経験があってその際に何かしらの失敗をしてしまった、と考えるのが自然ですよね。


「―――人読みは私の特技。これは私が残してもらった唯一の特技、だから私はそれを疑わないよ。でも、人はそんなに簡単じゃないってことも知ってるから。表があって裏がある、真意があって虚勢がある。そして人は大抵、仮面をつけて本心を隠し鎧をまとって姿を偽っている」


 だから、きっと先生のあの雰囲気も他の想いがある。そもそも私が感じたのが悲しいというだけで先生が本当にそう思っていたのかすら定かではないのです。そもそも完璧に他人を理解することなんてできないのです、それが初対面であるなら尚更。

 だからそんな状況で結論付けるのはいかにも早計というものです。

 でもだからこそ、これは大きなチャンスです。これを機にヘレナよりも先生と仲良くなれれば……。


「って、いけないいけない。ここは学院なのですから、ちゃんとソフィアわたしでいなくちゃいけませんね」


 ついついいつもの癖で足を組もうとしてしまいました。まぁ、ロングスカートを着ている今の状況では傍目からは分からないでしょうけれど……と、いつまでも座っているわけにもいきませんね、それこそ淑女のあり方ではないとレナリアに怒られてしまいます。

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