第二百三話

 ルークがヘレナに魔法を頼むよりも前にすでにヘレナは魔法を発動させる準備はしていた。ただ、自分の父親の状態が分からなかったり、土煙が巻き上がっている状況では思わぬ事故を起こしかねない。だからこそヘレナは確実にワイバーンの姿を見る必要があったのだ。

 幸いなことにワイバーンらのおかげで平原には風がある、土煙も数秒待てばワイバーンの姿が見えるくらいまでは落ち着いた。

 ルークが慌てながら騎士達に指示を出す中、ヘレナの思いに応え彼女の伸ばした腕の先で魔力が渦を巻く。その渦は吸い上げるように地面からも砂や小石を巻き上げ、半透明な魔力の奔流はわずか数秒でその形を変えヘレナの顔ほどもあろうかという岩石へとなった。

 そうしてヘレナが詠唱を口ずさみ、岩石は弾丸へと形を変える。


岩弾ロックバレット


 彼女のトリガーによって放たれた弾丸は迷いも澱みも、無論躊躇いもなく標的に向かって真っ直ぐに突き進む。わずかに残った土煙を押しのけ置き去りにしてワイバーンの頭部に吸い込まれた岩弾は容赦なくその頭を貫き吹き飛ばした。

 ヘレナが馬車から転がり落ちてここまでわずか十二秒。

 一瞬にして馬車を塵芥へと変えた怪物がこれまた一瞬にして地に突っ伏している。そして、それを引き起こしてのはこの場では誰よりも若い一人の少女であった。


「―――ありえ、ない」


 ルークの呟きはまこと全くその通りであった。

 自分ですら動揺を隠そうと平静を装おうと必死だというのに、未だに両膝は震えているというのに、どうしようもなく逃げ出したくなっているというのに。それは他の騎士達もおおかたそうであろう。放つ矢に勢いはなく軌道も手ぶれのせいなのか普段のような鋭さが無い。

 それなのに目の前の自分の歳の半分も生きていない少女が恐れを見せず毅然と魔法を放ち敵を穿った。


「ルーク様、すぐにおとーさまの元に」


 本来であればリブライトは勿論のことヘレナだって騎士達が護るべき存在だ。

 それこそ、体を張って命を賭してでも。

 少なくともそれがルークにとっての騎士の在り方だった。


「た、直ちに……」


 ヘレナの声に我に帰ったルークは慌てて立ち上がりリブライトの元へと駆けていく。

 その姿を見送って、ヘレナは静かに自分の手のひらを見る。


「……ありえない、か。当然の感想だよね」


 わずかに溢れかけた哀愁を呑み込んでヘレナは上空のワイバーンに向き直る。


「でも、出来る事があるのならそれをしない理由は無い。手を差し伸べる事ができるなら、それで救う事ができるなら、きっとこれは小さな犠牲でしかないんだから」

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