第二百二話
「よし、合図したらヘレナを連れ出せ、その後すぐに騎士達が弓でワイバーンの気を引きつつヘレナの魔法で削る、いいな」
リブライトの指示に騎士長ルークは軽くうなづいて周囲の騎士たちに視線を送る。それを受けて彼らも剣や弓を構える。
皆が気合いを入れ直そうとした直後だった。一匹のワイバーンがおもむろに吠えた。
距離はそこそこあるはずなのに耳元で叫ばれたかのような轟音に各々が耳を塞ぐ。
「行け!」
少し焦った様子のリブライトの仕草と口を見てルークは素早くヘレナを抱えて馬車から転がり出る。リブライトが反対側の扉を開けたところで衝撃音と共に馬車が土煙の中に消える。
「とーさまっ!」
飛び散る木片からヘレナを守る為にルークは咄嗟に彼女に覆い被さる。
「お嬢様、すぐに詠唱を始めてください。領主様はご無事ですから、お願いします。大丈夫です、反対側の扉から領主様が飛び出す姿を見ています。怪我はしているかもしれませんが致命傷にはなっていないはずです、降りてきた一匹はまだ飛び上がっていませんから。理由はなんであれ今が好機です、飛び立つまでに一瞬でもいいので隙を作ってくだされば───」
素早くワイバーンがいるであろう位置に向き直りヘレナに背を向けたルーク。無論、警戒もあるのだろうがたとえ顔が見えなくても雰囲気というものはそれなりに感情を語る。
「お前達は上空のワイバーンから目を離すな。絶えず牽制を続けろ!!」
ルークの大声に騎士達は慌てて弓を構え、次々に矢を放つ。
とはいえ彼だって他の騎士達と同様にいっぱいいっぱいなのは変わらない。普段のように準備された心持ちなら彼らの練度を持ってすれば上空のワイバーンを牽制するのはさほど難しくはない。
しかしそれはあくまで通常であればの話である。動揺に揺れた矢は彼らの思い通りになど飛んではくれない。一番近くに飛んだ矢ですらワイバーンの頭一つ分右へとズレていた。
とはいえそれも当然といえば当然である。なんて事のない旅路が突然命を落としかねない戦場へと変貌したのだ。それを「はい、そうですか」、と受け入れるのは通常の精神状態では困難極まるというものだろう。
しかして唐突に突き付けられる現実というのはいつだって予想の斜め上か斜め下で、そしてどうしようもなく理不尽なのだ。
「───故に貫くは岩の弾丸、
ただ、結局のところ何事においてもそうなのだ。
何かがある時対処法を曲がりなりにも知っているのと知らないのでは歴然な差が明確に出る。
そして、少なくともその理不尽さを知っているという点においてヘレナよりもこの世の理不尽に詳しい者はこの場にはいない。
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