第二百一話

「はぁ、ヘレナを見ているとこっちが緊張しているのが馬鹿らしく思えてくる、本当に誰に似たんだか……」


「とーさまとかーさま以外にいないでしょう。現にとーさまもこの状況で冗談を言う余裕があるのですから」


 ヘレナの鋭い切り返しにリブライトはただ黙ってこめかみを押さえる。

 とはいえそれもつかの間ですぐに表情をいつも通りに戻して咳払いを一つ。


「それはさておきヘレナ、『索敵サーチは使えるか?」


索敵サーチ』、風属性魔法の中ではかなり有用な魔法である。ランクとしての分類は中級魔法にはなるがその精度は凄まじく上級者にもなれば一度使えば建造物の構造の隅々はおろか生物の身体の中までも把握できてしまうと言われている。

 ただ、それだけ凄い魔法なだけにそれを使いこなすのには相当な練習が必要になる。初めて使う者は平衡感覚の混濁から大抵酔ってダウンする。慣れたとしても上手く扱うにはそれこそセンスが必要不可欠なのだ。


「ん? もう使ってます。馬車の上空三十mに五匹、さらにその上十mに一体います。他の五体よりも身体が大きいですし魔力も感じます、おそらくそれが幼龍レッサードラゴンだと思います」


 少なくともヘレナとリブライトが窓から見える範囲に飛竜ワイバーンは現れていない。だからこそヘレナは違和感を感じた瞬間に『索敵サーチ』を発動していた。


「───はぁ、本当に。いや、今はいい。しかし聞く限りまだ距離はそれなりにあるな。今ならまだ逃げることも出来る、か?」


 扉を開けつつ注意して空を見上げるリブライト。ヘレナの言うように飛竜は五匹でグルグルと円を描いて馬車の真上を飛んでいる。

 ただ幼龍の姿は太陽に重なっているのかリブライトには確認できなかった。


「ううん、多分無理です。本来これだけ距離が近いならもうとっくに襲われているはず、本で読んだワイバーンの習性は非常に攻撃的で動くものを見れば見境無く襲ってくる、ってありました。なのに今まで襲ってこないのはレッサードラゴンがあの群れのリーダー的な存在になっているからでしょう。となるとあれには相当な知性があるはずです」


 そんな中で逃げればそれだけで力関係を証明してしまう。そうなればあれはヘレナ達を見逃さない、強きものが弱きものを食べるのは魔物の本能で何より自然の摂理なのだ。

 手段がある以上あれらを前に逃げるというのは言うなれば愚行となる、なるのだが当然魔物とて黙って狩られるほど潔くはない。


「なるほど、背中を見せればそれこそ危険か。なればやはり戦いは避けられないな───さて、ヘレナ何秒かかる?」


「ただ魔法を放つだけでいいのなら五秒でいいですけど、的に当てるなら十秒は最低でも欲しいです」


 むしろ魔物が一番厄介なのは追い詰められた際の生への執着にほかならない。魔物はその性質上、手足がちぎれても魔石と魔素があれば生き長らえる事ができるしなんならその魔素を使って手足を生やすことも出来る。

 簡単に言えば魔石を奪うか砕くかしない限り魔物は理論上不死身なのだ。


「はぁ、十分過ぎるな……ルーク、聞いていたな」


 騎士達に作戦を伝え終え再び扉の横で待機していた騎士長は静かに頷いた。

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