第百五十三話

 自分の娘だというのにその五歳児とは思えない頭の回転の速さにリブライトは内心舌を巻く。彼も元々ヘレナが他の子どもと比べて異様なまでに頭が切れることは分かっていた。普通に考えて彼女がこの場にいるということ自体が既に異質、ただ今回はもう一人居た。ヘレナと同い年でこの学院に入学した天才が。

 だから彼は少しだけ思ってしまっていた。ヘレナもその天才の一人にすぎないと、きっと彼女と変わらないだろうと。

 結果としては言うまでもなく、それはリブライトの思い違いでしかなかった。そしてそんな彼に追い討ちをかけるようにここ最近のヘレナは以前にも増して賢くなっている。

 とりわけ一番の変化は交渉術というかそもそもの話術が以前よりも格段に身に付いているということだ。それは一瞬でも油断すればリブライトですらヘレナのペースに吞まれてしまうほどであった。


「そんなところにとーさまが私を連れていくはずがない。となればそれはとーさまの意志ではない、もっと言えばそれはきっと、さっきとーさまがこぼした教師の方たちの意志なのでしょう。それでもこの状況なら普段のとーさまが私を王都に連れていくなんてことは多分あり得ない、となれば選択肢は絞られる……」


 静かに立ち上がったヘレナはポットを持ち上げて背伸びをしながらリブライトのカップに紅茶を注ぐ。


「んっしょ、まぁ、それを含めてとーさまの我儘なのかもしれませんけど」


 溜め息をついて背もたれに寄りかかったリブライトは黙ってヘレナの動きを諦観する。

 ヘレナはポットを元の位置へと戻し数の減ったクッキーを中央の大皿からつまんでそれぞれを取り皿へと移していく。


「でも、そうでは無いのなら。可能性は大きく三つ、一つはその教師の方たちがとーさまを脅せるような何かしらのネタを持っている。とーさまを今の立場から追いやることのできるようなそんな何かを持っている」


 コトン、と取り皿の上を転がったクッキーは取り皿の中心で数回回ってやがて横たわった。


「二つ目はその教師の方たちよりも上の立場、それこそ国王様のような方からの勅命。これに関してはとーさまであっても無視はできません。学院長なんて立場以上に貴族という地位を剥奪されかねませんから」


 同じようにコトン、とクッキーが取り皿の上を回り横たわる。


「三つ目はとーさまが個人的に頭の上がらない人物からの依頼でしょうか……」


 そこまで言ってヘレナは不意に言葉を止めた。不思議そうな視線を送るリブライトにヘレナはため息で答える。


「なんて言うか、キリがないですね。そもそもそれは私の気にするところではありませんしとーさまがいれば最悪どうにかなりそうですし、そもそも私が考えたところでどうにかなるものでもないわけですし……でも、会って欲しい人はいるんですよね」


 途中で考えるのが億劫になったヘレナは前置きを投げ出して聞きたかった核心をリブライトに突き出した。

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