第五十六話

「……とはいえです。私としてもこれ以上余計な被害を出す訳にはいきません。本当に降参はしてくれないのですね?」


 再度の確認と言うように問いかける彼女にゲイルは黙って剣を構える。


「そうですか、残念です……本当に残念です。では、そろそろ終わりにしましょうか」


 ポツリと呟いたサリーナは軽く息を吐く。そうして再びゲイルを見つめた彼女の顔にはもう迷いや躊躇いといった色はなかった。静かに刀をさやへと納めて目を閉じる。柄に軽く手をかけて右足を前に上半身をかがめる彼女のその様子をみてゲイルも微かに笑みを浮かべ刀身に『焔』を纏わせる。

 一瞬が永遠にも思えるような沈黙と静止の中どこからか小石の転がる音が響く。

 それが合図だった、燃え盛る炎と猛る雷が一気に距離を詰め交差する。

 位置を入れ替えた二人は自分の武器を振り切った状態で微動だにしない。

 先に沈黙を破ったのはゲイルだった。彼の手からこぼれ落ちた剣が数回地面を跳ね、同時に血を吐いた彼は支えを失い崩れ落ちた。


「やはり……高き壁、そう簡単には埋まらないもの、か……だが、せめて、せめて一矢報いて見せなければ男が廃る……何より」


 片膝をつきながらも床に倒れずに何とか踏みとどまったゲイル。

 嫌な気配を感じ取り振り返ったサリーナが見たのは眩いまでの光と魔法が暴走する時に出現する特有の空間の歪みだった。


「まさかっ! ゲイル、今すぐ止めなさい! 死ぬ気ですか!」


 叫ぶサリーナであったがここまできた以上彼に引き下がるという選択肢は存在しないしそもそもそれはもうできない。

 覆水盆に返らずとはよく言ったものだ。

 何事でもそうだが必ず器には限界が存在するものだ。際限なく水を注ぎ込めばいつかは淵からあふこぼれる。ただ普段それは溢れることも零れることもなく適度な増減を繰り返す。それがたとえ無意識であれ意識的であったとしても溢れるほどに増え続けるということは無い。ただ、その容器に絶対に破ることの出来ない障害、そうふたや仕切りなどで空間を閉ざしその中身を膨張させればどうなるかなんていうのは魔法使いなら誰でも知っている。いやそれは少なくとも知っておくべき最低限のことである。

 行き場を失った力は暴走する、暴走した力はどうなるか、そんなのは簡単だ器を破壊して一気に拡散する。

 要するに盛大な自爆技である。

 かっこいい手段には程遠く誇りや気高さはもちろん恥も外聞もあったものでは無いが、その威力に関しては、その一点においてこの自爆技は間違いなく折り紙付きである。

 ある古代の文献には一人の魔法使いが最期の足掻きと言わんばかりにこの暴走を引き起こしその国の王都を跡形もなく吹き飛ばしたという記録もある。


「―――っく、『風壁』」


 慌てて自分の周囲に風の壁を出現させるサリーナ。

 それと同時に臨界に達した魔力はひときわ強く輝いて辺りを白く染めていく。


 けたたましい爆音が街の中を響き渡る。

 その爆発の威力は凄まじいものだった。それは本来であればサヘラ区画などでは収まらずこの街もろとも吹き飛ばしてもおかしくない威力を有していた。


 ―――パチン。


 どこからともなく響いたこの音がなければこのアレイスロアという街は一つの大きなクレーターになっていたことだろう。とはいえあれだけの威力自体を完全に消せたわけではなかった、爆発はサヘラ区画全域までもを巻き込み灰すら残さずちりへと変えた。

 爆発自体のダメージは防いだサリーナも熱風に身を焼かれ衝撃に弾き飛ばされる。ろくな受け身もとれず数回にわたり地面を転がった彼女の意識は程なく闇へと吸い込まれた。


「―――とんでもない威力だったなぁ。私がいなきゃこの街吹き飛んでるよ。でも、領主さんには悪いことをしちゃったかな。もう少し早ければどうにかなったかもしれないのに都市の四分の一を吹き飛ばしちゃったよ」


 上空から降下してきたその人物はフードの上から頭を搔く。


「それにしても、信じてなかったわけじゃないけどがまだ現存しているとはね」


 その人物は瓦礫すらない地面に転がる鈴を拾い上げる。あの爆発の中心にあったはずなのに変形することなく新品同様輝く鈴を数回鳴らして彼女は僅かに微笑んだ。

 そうして前方へと手を突き出す。


「まぁ、そんな風に作られてるんだけど。ただまぁ、今日は予想外の収穫もあったし私は大満足だよ、レットは?」


 何も無いはずの空間に突如黒く歪んだ亀裂のようなものが出現する。歪んだ空間に問いかけたフードの人物は笑顔を浮かべて何かを呟いたかと思うと跡形もなくその場から消え失せたのだった。

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