第九話

「とーさま、かーさま。私、街に行きたいです」


 ヘレナが七歳になった時、朝食を食べていた彼女がおもむろに口を開いた。

 両親は突然のヘレナの申し入れに驚いたようで食事をする手が止まっていた。


「私、自分の目で街を見たいのです。本屋とか行ってみたいのです、だめですか?」


「あー、ヘレナ? とーさんが買って来る本とかは気に入らなかったのかい?」


 心底心配そうな顔つきで問いかけるリブライト。前に何度か同じ種類の商品をまとめて買いヘレナが怒ったことがあったからリブライトはその辺については細心の注意を払っていたつもりだった。


「ううん、とーさまの買ってきてくれる本はみんな面白いですよ、でも……だめ、ですか?」


 普段でさえ彼からしたら可愛すぎる愛娘である。そんな彼女が涙目で懇願してきたらそれはもう断りずらいというもの。すぐにでも行ってこいと送り出したい気持ちで一杯だったけれど、それでも彼女をおいそれとは人前に出せない理由があるようで「う~ん、しかしだな」と悩んでいた。


「とーさま。どうして私は街に行ってはいけないのですか?」


 リブライトはあごを何度も撫でながら「それは……」と、言いよどむ。何年も一緒にいればたとえ子供であったとしても癖の一つや二つくらいは把握しているものだ。リブライトが顎を撫でるとき決まって彼は何かを隠そうとしているのだ。


「あなた、もういいんじゃない。きっとこの子、気づいているわよ。ねぇヘレナ、どうしてリブライトはあなたを街に行かせたくないと思う?」


 黙って聞いていたレイテがここでようやく口を開く。


「……私の髪と目ですよね。私はかーさまのような透き通るような銀髪でもないですしとーさまのような澄んだ白髪でもない。かーさまの碧眼へきがんでもとーさまの黒目でもない……私は、本当にとーさまとかーさまの子供ですか?」


 途中からぽろぽろと涙をこぼしながら両親に問いかけるヘレナ。どうやら抑えていた感情が不安によって一気に溢れ出たようだった。


「ヘレナ! 妙なことを言うんじゃない!」


 リブライトが思いっきり机を叩き立ち上がる。突然の父親の怒号にヘレナは萎縮する。


「あなた、ヘレナが怖がっているでしょ。もう少し抑えて」


 レイテがヘレナを抱きかかえてよしよしと頭を撫でる。


「あぁ、悪かった。ヘレナもすまない、だがなお願いだからそんなことは言わないでくれよ。流石に心臓に悪いったらありゃしない」


 リブライトの目には涙が浮かんでいた。それはレイテも同様で、ヘレナを抱きしめる腕にはさっきよりも力が入っていた。


「ヘレナ、あなたは間違いなく私達の子供よ。誰がなんと言ってもそれは変わらない、たとえ髪の毛や目の色が違ってもあなたは私がお腹を痛めて産んだ大切なかけがえのない子なのだからね、それだけは疑わないで」


「ひっく……ごめんなさい。とーさま、かーさま。もう絶対に疑いません」


「絶対、絶対にだぞ」


 そう言ってリブライト達は抱き合った。

 結局、その後の話し合いの結果自分の真名を明かさないということ、一つの魔法を覚えることを条件にしてヘレナは街に行くことができるようになったのだった。

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