第百七十五話

「サリーナ、あなたこの剣を知っているのですか?」


「うん、まぁ、知っていると言えば知っている……んだけどね」


 私が知っていたとして、そのことを知っている人は覚えている人はもうその大半がここにはいない。だからそれを言うのは簡単だ。でもいなかったとしても、もしもいたとしても私には彼らと合わせる顔がない。

 だって、彼らは最後まで私の嘘を信じていたのだから。そのくせ今の今まで、この剣を見るまで忘れていたというのだから非道だと罵られても文句など言えるはずもない。


「……別に詳しく聞いたりはしませんよ。ただ、いまいちサプライズが上手くいかなかったのはそれなりにショックではありますけれど」


 私が持った魔剣を一通り眺めてルーナは「さぁ、着替えてください」、と私に着替えを促す。何より本当にこれ以上私に何かを聞くつもりはないようだった。私が渋々と着替え始めてからというものルーナは律儀に背中を向けている。

 ただ、この空間で二人きりだというのに会話がないというのはどうにも落ち着かない。

 ルーナは本当に変なところで律儀なのだ。正直言うと今はいつものように話しかけてきて欲しいくらいだ。

 というか、後ろを向くなら部屋の外で待っていてくれてもいいのにとも思うのだが、それはきっと無理なこと、無理に追い出せばそれこそ逆効果なのは火を見るより明らかである。であるのなら私が少しでも会話の流れを作るほかないだろう。


「───ねぇちなみになんだけど、この魔剣はどれくらいしたの?」


「さぁ? それは私の知るところではありませんし、クレアちゃんの性格からして聞いたとしても答えてくれるわけが無いですからね。あぁ、そうでした、そのクレアちゃんから伝言を頼まれていたのでした、『これは私の最大限の尊敬と最大級の感謝として受け取ってください』、だそうです」


「いやいや、待ってよ。傍目に見ても高価な物をポンっと渡されて感謝だから素直に受け取れって言うの?」


 そもそも、そもそもだ、私にはクレアに何かをしたという事は無い。セレスの娘という事で以前に何度か会ったことはあるが別に彼女を救ったり、感謝をされることをした覚えはない。

 もし仮にそのようなことがあったとしてもいささか過度な報酬だと言わざるを得ない。


「本当に、サリーナは人たらしですね」


「はぁ? え、いやいきなりなに、というか笑い事じゃないんだけど。七賢者が学生に武器を強要した、なんて噂にでもなったら……」


「ならないですよ。そもそもこれは私達しか知らない事です。それに七賢者なら魔剣の一つや二つ持っていても不思議ではないでしょう。それにサリーナ、ダメですよ論点をすり替えては」


 ルーナの鋭い一言に思わず息を飲む。


「───分かってるよ、そんな事は。それだってそう簡単には割り切れないよ。そもそもこの剣はプレゼントには高価すぎる」


「そうですか? 私からしたら剣なんて大小はあれどただの鉄の塊なのですけれど。というかこの剣そんなに凄いのですか?」


 あぁ、なるほど。考えてみればすごく簡単なことだ。なぜルーナは国宝級の魔剣を目にしても疑問に思わないのか。

 それは単純に知らない、もっと言えば彼女からしたらそんな事はどうでもいい事、興味など無い瑣末な事でしかないのだ。

 それが今までの会話で私とルーナの微妙にズレた感想の真実。どんな価値があるのか分からないものをただ凄いと言われても意味が分からないのは当然だ。


「この剣、能力だけで見れば『聖杖せいじょうフィデス・レイ』に負けず劣らずだよ。あとその発言は色々と問題があるから私以外には口にしないでよ」

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