第百十七話
荷物をまとめて校舎を後にしたヘレナとソフィアが和気あいあいと談笑しながら歩いていればあっという間に二人は校門の前へと辿り着いていた。
二人が近づいても特に反応を示さないラクスラインをよく見ると校門の石柱に寄りかかってうとうととまどろんでいた。
確かに少し傾きかかった西日には春の陽気も相まって抗いがたい睡魔を誘発している。加えて激しい戦闘で体力を消耗した後、抗う方が無茶というものだろう。
「あの、ラクスラインさん。お待たせしました」
「ふぁ、は! いやすまん、中々にいい日差しだったもので、ついな」
ヘレナの呼び声にびくりと体を跳ねさせたラクスラインは周囲を見渡してから恥ずかしそうに頬を掻く。
「ん、というか一人足りなくないか。クレアスノールはどこに行ったんだ?」
欠伸まじりに周囲を見渡したラクスラインはすぐにクレアがいなことに気が付き二人と視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「うん、急用だって。私抜きで楽しんできてって」
「……そうか、まぁ、そういう事なら仕方ない。と言うより二人が来てくれただけで御の字というもの」
ガハハ、と豪快に笑うラクスラインのそれは普段と比べて幾分か覇気がなかった。
「あの、クレアさんは本当に急用が出来てですね。来たくなかったって訳ではないですから。そこだけは安心してくださいね」
「ん? 別にそこんとこは疑っちゃいないからソフィア嬢が心配する必要も無いだろ。クレアスノールが急用だって言うならそりゃ急用何だろうぜ、それに無理やり頼んでるのはこっちだからな。それで腹を立てたりするのはお門違いってやつだ。困ってるのは別のことなんだよ。まぁ、ここにいても何だからな少しばかり場所を変えようか」
ラクスラインがそう言った時だった、まるで話を聞いていたかのように一台の馬車がヘレナたちの目の前に停まった。
「さっすが!」
ヘレナが御者にウインクを送ると彼は目を閉じて深々とそれに応えた。そして御者席から降りると流れるように踏み台を取り出し扉を開けた。「お待たせしました」、と言うダレオスに「待ってないよぉ」、とヘレナは軽く返しソフィアも感謝を告げて馬車へと乗り込んだ。
「──────」
「何してるの? ラクスラインさんも早く乗って」
ボーっとその様子の眺めていたラクスラインにヘレナは扉から顔を出して手招きする。あまりにも唐突なその申し出にラクスラインは「は?」、と疑問をこぼす。
「いやいや、俺は乗ったらいけないだろ。場所はこの人に伝えておくから先に行っててくれ」
慌てて拒否するラクスライン。それも当然でこの世界での主な移動手段は徒歩のみ、まれに馬を使う事もあるが余程の金持ちでなければそれも厳しい。そういうこともあって馬車というものを使うのは貴族と一部の商人のみとなっている。
事実、ラクスラインもこれ程豪華な馬車を見たのは初めてであった。
「なに面倒くさいこと言ってるんですか。私たちと一緒に行った方があなたも楽でしょ」
「それはそうかもしれないが俺は庶民だ、何より男だ。ほいほいと他人を乗せる訳にはいかないだろ」
「別に私は気にしないよ。乗せるのが嫌な人の誘いならそもそも受けてないから」
まるでラクスラインが言おうとしている事を先読みしているかのように素早く返答しラクスラインの言葉をすっぱり切るヘレナ。
「い、いや、ヘレナ嬢が気にしなくてもソフィア嬢は……」
助けを求めるようにソフィアを見やるラクスラインであったが帰ってきた答えは彼が求めるものとは正反対だった。
「私も別に構いませんよ。既に一戦交えた仲ですし、それにヘレナが文句無いと言うなら私から言うことはありませんから」
予想外の一撃を食らったラクスラインであったが「いや、それでも……」、と食い下がる。どうにかしようと策を講じる彼に助け舟を出したのはダレオスであった。
「それでしたらお嬢様。私の隣に乗っていただくというのはどうでしょう。それならダレオス様の意見も尊重できます」
その鶴の一声によって難を逃れたラクスラインはホッと胸を撫で下ろす。少し残念そうなヘレナに謝りつつ扉を閉めるとダレオスはラクスラインを御者席とへ案内するのだった。
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