第百二十四話
「ソフィア、そんなに悩むなら全部頼んだら? 食べきれないようなら私も手伝うからさ」
もとより頼む物に悩みなど無かったラクスラインはメニューの一番上にあったショートケーキと無難にコーヒーを再び上がってきた店員に伝えていた。だいぶ悩んだようではあったがカサンドラもこの時一緒に注文をしている。メニューの半分もあろうかというその注文量の多さに店員は必死に手元のメモに彼女の言葉を書き記してた。あの一品書き終わる事にまだあるの? とでも言いたげな店員の表情には隣のラクスラインも乾いた笑みを返すのがやっとだった。
「……ヘレナ。よりたくさんのスイーツを食べて満足するのと一つのスイーツを味わって満足するの、どちらが満足感が大きいと思います?」
「知らないよ、そもそも他人が決めたことで、例えそれがおいしくて楽しかったとしてソフィアはそれに満足できるの?」
「出来ませんわ」
堂々たる即答であった。
あまりに予想通りすぎる彼女の回答にヘレナは「だったら聞かないでよ」、と笑いをこぼす。
「でも、何かこうアドバイスみたいのはないんですか?」
首を傾げるヘレナに一気にソフィアは詰め寄る。
「ほら、何が美味しいですとかおすすめよか」
「それなら私がお教えします」
満を持して声を上げたカサンドラはメニューを片手にあっという間にソフィアの右隣で片膝を付く。
その姿に最初は困惑気味のソフィアであったがその緊張もふたことみこと言葉を交わすとすっかり無くなったようだった。
「お待たせしました。紅茶とフィナンシェでございます」
そうこうしているうちに一番最初に頼んだヘレナの品がテーブルの上に運ばれる。
「う、うーん?」
「な、何か至らぬ点がございましたでしょうか?」
慌てる店員をなだめつつも様子を観察していたヘレナであったがそれは明らかに異様であった。少なくともそれはヘレナが知るフィナンシェとは全くの別物に見えた。
まずもって大きさがおかしいのだ。ヘレナの知るフィナンシェは片手で持ってパクッといけるような小さな焼き菓子だ。でもこれは、目の前のこれは片手では持てない、いや、持てなくは無いのだがパクッといけるような大きさでは無い。焼き菓子であるのは間違いないこんがりと焼きあがったきつね色の表面と香ばしいバターの匂いがするのだからそれは疑いようもない。問題なのはその大きさだ、どうしてこうなっているのかそれはヘレナの知るフィナンシェの倍以上の大きさをしているのだ。
「ソフィア、もしかしたら私たちはものすごい勘違いをしてるかもしれない。やっぱり一つで満足した方がいい……と思うんだけどぉ」
しばらくの放心を挟んでようやっとソフィアへの忠告を口にしたヘレナであったがそれを発するのはあまりにも遅すぎた。
彼女の注文を聞いたであろう店員は少し前と同じ表情で厨房へと降りて行った。
ドカッと置かれた斜め前のフィナンシェ? を凝視してさすがのラクスラインも遅まきながらに現状を理解した。ラクスラインは後の地獄を想像して青ざめ、ヘレナが持ち上げたカップも彼女の心境を映すように小刻みに震えていた。
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