第九十話

「ソフィアちゃん、さっきから怖い顔してどうしたの?」


 休憩を挟んでからというものそれまでの闘技場の柔らかい雰囲気が一気に消えて無くなった。

 休憩を終えてからはレギウスが言ったように対人戦の授業が始まった。最初こそ普通に授業であったがレギウスがある提案をした途端に空気は張り詰めたものへと豹変ひょうへんした。

 彼が提案したのはここにいる生徒全員の勝ち抜き戦。つまるところここにいる中で誰が一番強いのかを決めようと言い出したのだ。


「あの、ソフィアちゃん?」


 その言葉を聞いた時、ソフィアの目つきが変わった。それは普段の彼女からは想像もできないものだった。ありありと突き刺さる殺気と冷たい視線、彼女が纏う雰囲気は並大抵のものでは無かった。クレアから見ればさっきの騒動の時よりも断然今のソフィアの方が恐ろしかった。咄嗟とっさに「なんでもないですぅ」と情けない声とともにソフィアから目線を逸らす。

 ただ、クレアが周囲を確認するとソフィアだけではなく腕に覚えのあるもの達は一様に同じ目をしていた。この場に戦闘狂がいないとは言えないが彼らが本気になる理由はクレアにもすぐ理解が出来た。

 これは言わば学院交流戦の予選試合なのだ。既に一枠、というか二枠目までがほぼ確定している今、ここでいい成績を残せればそれはすなわち交流戦への参加も夢ではないということだ。

 それもあってかソフィアと同じブロック、特に最初の方に当たる生徒の落胆ぶりはすごいものだった。

 しばらくすると交流戦形式で試合が行われたのだが、正直結果は言うまでもなかった。半ば鬼とかしたソフィアの槍術に対戦相手は初撃で吹き飛ばされて戦闘不能、準々決勝の相手も二度三度彼女と刃を交えるとあっけなく吹き飛ばされていた。


「クレアさん、私以外に負けたら承知しませんから」


 クレアは試合が始まる前にソフィアに言われたその一言を思い出しどうしたものかと頭を搔く。そんな彼女がふと闘技場の観客席の方を見ればヘレナが誰かと話しているのが目に入った。


「なぁ~るほど、それが不機嫌の理由かぁ。ヘレナちゃんも罪な女だねぇ、というか随分珍しい組み合わせ。ヘレナちゃんは普段から私たち以外とは話そうとしないし色々あって他の生徒は話しかけないから……うーん、あっちが本来のヘレナちゃんなのかな?」


 流石に距離はそれなりに離れているためクレアが二人の声を聞くことは出来なかったが彼女の目にはヘレナが本当に楽しんでいるように映った。


「クレアさん、次出番ですよ」


 相変わらず冷たい目をしたソフィアに促されて二人から視線を外す。既に準備している対戦相手を見てクレアの表情がわずかに曇る。


「ソフィアちゃん、私勝てるのかな?」


 振り返るとソフィアはキョトンとした表情でクレアのことを見上げていた。


「え、なんか言ってよ、怖いんだけど」


「いえ、あまりにもおかしなことを聞くので。そうですね多分、多分ですけど今のクレアさんが純粋に試合をして負けるのは私かラクスラインさんくらいだと思いますよ。それにこれは交流戦と同じ試合形式なのですからなおさらクレアさんが負ける理由はないと思いますけど……」


「はぁ、全く。本当にどっちが年上なのかわからなくなるよ。まぁ、とにかく行ってきます」

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