第九十三話

「まぁ、妥当というか現状なら当然って言うべきなのかな」


 歓声の中で大剣を掲げる大男を見てクレアは頬をかく。

 今年は既に冒険者登録している生徒が多いとはいえさっきの騒動でまともに動けていた者は少ない。ヘレナたちを除いたとしてもそれは片手で数えられるくらいしかいなかった。必然的に準々決勝ともなればその面子が主となる。何気にクレアと試合をしたのもその一人だったりするわけだが、ラクスラインについて言うのならそれだけでは無い。レギウスも手加減はしていただろうがそれでもAランクの冒険者が使う魔法を剣撃で吹き飛ばしているのだ。

 単純に言って彼はソフィアが居なければこの学年では敵無しと言っても過言では無い。


「ソフィアちゃん、勝てそう?」


 何気なく聞いたクレアであったがソフィアは苦笑いを浮かべる。


「うーん、頑張りますけど、勝ちは約束できそうになさそうです。クレアさんにあんな事言っておいて何ですけど…………あの、クレアさん、もしかして何か勘違いしてますか?」


 彼女からの問いかけに首を傾げるクレア。そのきょとんとした顔を見てソフィアは「やっぱり何でもないです」、と会話を早々に切り上げるとラクスラインが待つ舞台へと歩みを進める。


(そうさせたのは私ですけど、どうしましょうか。大見得切りましたけど私、クレアさんにだって簡単に勝てるなんてこれっぽっちも思ってないんですよ、特に今となっては……。なんせ私はただ他の人よりも上手く槍をふるうことしかできないんですから、相性というものを考えるのなら魔法と物理なんて比べるまでもないわけです。何よりそれが魔法を使う物理となれば言うまでもなく手も足も出ないでしょうね…………でも、不思議です。これはこれですごく楽しいです)


 僅かに笑みをこぼしたソフィアは両手で手を振るクレアに手を振り返して彼の待つ舞台へと足を進める。


「ソフィア嬢、手加減はお互い無しでいこうや」


 舞台に上がった彼女にラクスラインはそう言って笑いかける。

 ソフィアと同じくらいかそれ以上の大剣を肩で担いで彼女を待ち構える彼であったがその瞳はまるで子どものように輝いている。


「……しませんよ。というか今まで手加減なんてしてません。私は手加減できるほど強くもないですし、何よりそんな余裕はありませんから」


 改めて対峙すると分かる彼の巨体とその身体から放たれる重圧にソフィアは一瞬だけたじろいだがすぐに槍を数回振るい気持ちを切り替える。それに合わせてラクスラインも大剣を自身の目の前で構える。

 その瞬間空気が変わった。

 武器を構え直した二人の張り詰めた雰囲気にのまれ闘技場は静まり返る。そしてそこにいる誰もが固唾かたずを呑んで試合の開始の合図を待っている。


「なんか、雰囲気が変わりましたね」


「そうだね、というかいつまで私を膝の上に座らせておくつもりなの?」


 闘技場の観客席でもヘレナとグレイがその様子を眺めていた。

 どういうわけかグレイに異様に懐かれたヘレナは今も強制的に彼女の膝に座らされている。そんな状態に露骨に不機嫌な態度を見せるヘレナだったが当のグレイは全く気にする様子は見られなかった。それどころか前よりも格段に彼女のヘレナに対する距離は縮まっていた。


「ねぇ、ヘレナちゃんはどっちが勝つと思ってるの?」


「私は―――」

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