第六十九話

 名前を呼ばれたソフィアは今までに見たことがないほどに緊張していた。


「なんでそんなに緊張してるんだ? この水晶に手を置く、それだけだからな?」


 随分と緊張した様子のソフィアに首を傾げつつミシェル。ただ何かに気が付いたようでソフィアに「少し待て」と、言い残して教室の後方にあるいくつかのロッカーを開け閉めして何かを探していた。

 あまりにもうるさい自分の心臓を鎮めるように胸の上に手を置くソフィア。


「ヘレナちゃん、ソフィアちゃんは何であんなに緊張してるの?」


 はたから見てもガチガチに緊張した様子の彼女を心配してクレアは質問するのだがこれに関してはヘレナも全く同じであった。ただ一言「分からない」そう返して二人揃って心配そうに彼女のことを見守るのだった。

 そんなことをしているとゴソゴソと教室に響いていた音が鳴りやみミシェルが「あった」と、何かを取り出した。彼女が取り出したのは踏み台。

 というのもソフィアの身長では机に置かれた水晶に手をかざすということがそもそもできないのである。そして当然これはヘレナにも同じ事が言える。

 ミシェルが用意した台を上り机の真ん中に置かれた水晶の前に立ったソフィアはさっき言われたように水晶に恐る恐る手をかざす。すると、水晶は赤、青、緑、黄とそれぞれ点滅する。

 数回の点滅を繰り返した後水晶に数字が浮かび上がった。


「四属性か、魔力量もなかなかのものだ。しっかしお前まだ七歳だろ、いったいどんな生活してるんだ。まぁいいか、優秀であることに不利益は無いからな。次クレア」


 大きく息を吐いたソフィアはミシェルの問いかけに答えることなくフラフラとした足取りでヘレナのもとへと帰ってきた。


「んじゃ、ヘレナちゃん行ってくるね」


 別にどこかに行く訳でもないのに大袈裟に右手を振るクレアに仕方なく小さく手を振り返すヘレナ。

 ヘレナの返答がよほど嬉しかったのだろうまさに満面の笑み、それを浮かべて水晶の前へと立つクレア。

 そうして今度はクレアが水晶へと手をかざす。

 水晶は赤と緑に点滅した。


「ほんと、お前の魔力量は凄いな」


「別にすごいなんてことないよ。ただ勝手に増え続けてるだけだし、私がなにか努力してる訳でもないしさ。何より魔法の制御が難しいったらありゃしないもん」


 クレアはそう言って軽く両手を広げて首を左右に振る。


「ねぇねぇ、ヘレナ。やっぱりあの二人って知り合いなのかな」


 ソフィアも今の会話を聞いていたのだろう。ちょんちょんとヘレナの袖を引っ張ってから耳元で囁く。すっかりいつもの様子に戻ったソフィア、その様子の変わりように少しの疑問が残るヘレナであったがとりあえずはいつもの彼女に戻ったようで一安心と胸をなでおろした。


「まぁ、そうなんじゃない。他にも七賢者の知り合いがいるような話し方もしてたし、もしかしたら本当はものすごい人なのかもね」


 ヘレナとしては若干というかかなり認めたくないものではあるがどうにもこの世界では有名人や実力者というのは大概変人であることが多いのだ。そしてどういう訳かヘレナはその変人たちに妙に懐かれる。

 ヘレナがため息を零すと同時にミシェルがヘレナを呼んだ。

 それまでの生徒たちと同じように水晶の前へと立って手をかざすヘレナ。


「あの、先生。全く反応しないんですけど……」


 ただヘレナが手をかざしても近づけたり遠ざけたりしても水晶は全く反応しなかった。

 ミシェルはそんな水晶に顔を近づけた後に人差し指で水晶を弾いた。


「ぶっ壊れてやがる。こいつぁ愉快だ」




「…………は?」

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