第百七十二話

 呆れの混じったため息をついて首を左右に振るルーナ。


「師匠は昔からそうです。何をやるにも自分勝手で後先考えない、それなのにいつも決まって自分に有利な流れを掴んでいるのです」


 セシル・フォン・ローゼ・アーテライド・クレステラ。歴代最強とも言われた光属性最高権威者ルミナスで治療をさせれば右に出るものはなく、戦闘においても当時の火属性最高権威者イグニスと同等、状況によってはセシルの方が勝るという規格外の化け物。

 とりわけ戦場では『不死身の悪魔』、と国内外問わず恐れられたほどの実力者で彼女の出た戦いでの戦死者は通常の戦いでの半分以下で済んでいるのだ。

 それだけ聞けばどこに悪魔の要素があるのか、と思うが彼女の戦い方からすれば想像は難しくない。

 それは物凄く単純で、ただ効果は抜群なのだ。敵味方関係なく死なない程度に吹っ飛ばしては意識を刈り取りそれが治らないくらいに回復魔法を辺りにばらまく。

 正しく脳筋という言葉がぴったりのこの戦闘方法では味方からはセシルはさぞ悪魔に思えることだろう。


「今回も師匠の運だよりというのは少しだけ釈然としませんがそれ以上に信じていますから。それに副次的とはいえ今、こうしてサリーナに会えている訳ですから感謝こそすれ文句を言う気なんてさらさらありません」


 天才的なまでの魔法の才能、それだけだって神から恵まれているというのに彼女はそれとは別に類まれなる豪運を授かっている。

 その威力は私もそうだがよりセシルの近くにいるルーナであれば簡単に無視することは出来ない。


「ただ、少し気になるところはあるのです。私がここに来た理由の一つは師匠の本当の目的をサリーナから聞きたかったからですの」


「……なんでったって私なの? そんなことならルーナ自身がよく分かってるでしょ、それにもっと言うなら教会上層部なら───」


 本当に人は少し会わないだけで変わるものだな、と痛感する。

 以前のルーナでは考えられない程に鋭い殺気。それだけでルーナがすごしたこの数年がどれだけ密度の濃かったのかを物語っている。

 数年前では考えられなかったほどの成長。これが喜ぶべきなのか悲しむべきことなのかは私ごときが決めつけられることでは無いけれど、少なくとも私は悲しいとそう思わざるを得ない。

 だって、その力は……。


「───魔王領。多分、その警戒の一環だよ。この時期に七賢者を動かす理由なんてそれくらいしかない、というかそろそろ私たちにも直接お呼びがかかるんじゃない。そういったことも考えると少しでも王都に近い方がいいだろうしここは商業都市、情報の流通は王都にも引けを取らないから」


 数年前から徐々にその動きを活発にしていて、既に王都の方では魔王領の監視が始まっているともリブライト様は言っていた。ないとは考えたいが万が一にも戦争ということになれば七賢者は確実に戦場に招集される。


「やっぱりサリーナもそう思いますか。でも、何で今になって」


「それこそ私には聞かないでほしいよ」


「それもそうですね。まだ、何も始まっていないのですから」


 そう、そもそもまだ噂の段階を出ていないのも事実。確かに昨年と比べて魔物の被害が大きかったり、国境際での小競り合いが起きていたりなどもしているがそれが魔王の復活と関係があるかと言えば「わからない」のだ。

 だから、今から気にしたってどうしようもないと言えばどうしようもない。


「それで、私に会いに来た他の理由って何なの?」


「そうです。私からしたらそっちが本題です。サリーナ、デートをしましょ!」


 まったく、この身勝手さはたとえ血が繋がっていなかったとしても二人が親子であることの証明だよ。本当にそっくりなんだから。

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