第五十一話

「おい! そこの女、何をしている!」


 人混みをかき分けながら進んでくる女性にソフィアを抱えている男が声を荒げる。同時にそのそばに控えていた数人の男が慌てて武器を構える。

 ただでさえ緊張でピリピリとした空気が更に張り詰める。一触即発の雰囲気に観客は息をひそめて壁際に避難していく。


「別にそんな邪険にしなくてもいいじゃないか。私があんた達に聞きたいのは一つだけ。それさえ答えてもらえればすぐにでも私はいなくなるからさ」


 一歩一歩ゆっくりと進みながらまるで獲物を見定めるかのような視線で男達を見やる。男の怒声に全く反応を示さない彼女は一息ついた後に静かに鋭く言い放った。


「さっき言ってたけどあんた達は本当にノストラルに関係しているの?」


「だ、だったらなんだっていうんだ。おい、止まれ! それ以上近づくな、こいつを殺してもいいのか!」


 慌てた男の持つ剣がソフィアの首筋を僅かにかすめる。そうしてソフィアの白い首に一筋の血が滴る。ソフィアはもちろんのこと男さえ気がつかなかったが女性はその光景に眉をひそめる。


「……ごめん、やっぱり今の話は聞かなかったことにして……言っても言わなくてもあんた達を見逃す訳にはいかなくなっちゃったよ」


 軽い口調からは想像もできない彼女の発するプレッシャーに男達がたじろぎ後退る。場の雰囲気というか彼女の創り出す異様な圧迫感のせいというのが妥当だろう、既に男達の表情には目の前にいる彼女への恐怖があらわになっていた。


「せめてもの情けで選択肢を選ぶことを許してあげる。一つはこのまま抵抗せずに自分の罪を認めること、もう一つは無駄な抵抗の末に苦痛の中で悶絶すること。選択肢は二つに一つ。選べないあるいは選ばないというのなら私は決して容赦はしない」


 リーダー格の男が言葉を発するよりも早く冷静さ失った男の手下らしい男たちが女性に向かって襲い掛かる。「待て!」とそう言った男の制止よりも早く女性は前方へと手をかざす。そうして静かに息を吐いた、たったそれだけのことだった。

 にもかかわらずその被害は一瞬にしてフロアに伝播した。男達だけではなく周りで状況をうかがっていた観客さえも何が起こったのか分からないうちに意識を刈り取られバタバタと倒れていく。

 全く抵抗することが出来ず瞬く間に倒れた仲間とそれを行った女性を見比べならが男は叫ぶ。


「―――っ、な……何をしたんだ! お前はいったい何をしたんだ!」


「私はね、嘘をつく奴が大っ嫌いなの、約束を破る奴もね。だから私はできない約束はしないしした約束は守る、今までもそうだったしこれからもそうするつもりだった。まさかあんたらなんかに邪魔されるなんて思いもしなかったよ。さぁ、答えなさい? あんたの答えを聞かせなさいな。そうすればあんたの疑問にも答えることができるから」


「く、くそ……」


 ソフィアを床に放り武器を構え直した男を見て女性は好都合と言わんばかりに不気味に微笑んだ。そして男に男の持つ剣に向けて手を向ける。次の瞬間男の持つ剣が柄を残してパラパラとまるで砂のように跡形もなく崩れ落ちた。ただ、男にはそれを認識することはできなかった。というのも驚きの声も悲鳴も上げることもできずに窓ガラスに叩きつけられて気絶していたのだった。

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