第二十八話

「はぁはぁ、ソフィア様……大丈夫、ですから……止まってくださいよぉ」


 あれから闇雲やみくもに走るソフィアを追いかけ続けてヘレナの体力は底を尽きかけていた。さらには無理やり草を押しのけなければならなく手や腕にも細い切り傷が何本も出来ている。


(多分、あの人なら出口を知ってるはずなんだよね。こんなところ好き好んで入ってくる人なんていないだろうし入ってくるとしたらおそらく管理人くらい。管理人なら当然出口だって知ってるはず。だったら私ができるのはソフィア様をとりあえず説得することくらいだよね。私からあの人を見つけることは出来ないわけだしあとはあの人に頑張って見つけてもらえれば)


 その後も走り続けていたソフィアであったがやがて体力が切れたのか大きな木の前で動きががピタリと止まった。


「うぅ、ヘレナさぁん。私、もう無理でしゅ、どうにかしてください」


 少し遅れてヘレナが到着するとソフィアは振り向きざまに抱きついてきた。ソフィアはもはや笑顔を取り繕うことさえも出来ないほどに限界を迎えていた。

 とりあえず呼吸を整えたヘレナはソフィアが落ち着くまでソフィアの背中をさすることにしたのだった。


「…………見苦しいところをお見せしました」


 しばらくするとソフィアもだいぶ落ち着いたようで袖で涙を拭い恥ずかしそうに目を逸らしてそう告げた。


「それで、これからどうしましょう。その、私のせいで結構奥まで入ってきてしまいましたよね。それにヘレナさん怪我をしてますの」


「いえ、これくらい大丈夫ですよ。かすり傷です。それに怪我をしているのはソフィア様も同じというか私よりもひどいですよね。早く治療しないといけませんしどうにかしてあの人に私たちの居場所を知らせないと」


 ただ、二人にはその手段がなかった。

 二人とも手ぶらだしソフィアはまだ魔法を使うことは出来ない、ヘレナは使えるとは言っても簡単なものだけ、何より居場所を知らせるような魔法は使えない。


「はっ、ヘレナさん。光魔法が使えるのですよね。ならフラッシュみたいな魔法は使えませんか?」


『フラッシュ』、読んで字のごとく光を発する光魔法。光魔法の中で一番簡単だと言われている『ライト』の派生魔法にあたる。基本的に信号であったり目眩しに使われることが多い。ただ欠点としては辺りが暗くなければ使えない、つまり夜、あるいは洞窟などの暗いところでなければ効果はあまり期待できないということだ。


「ええっと、多分今は意味が無いと思います、ここは明るすぎますから。何より私が使える光魔法はこれくらいですよ」


 そういうとヘレナの姿が景色に溶け込んだ。

 実際ヘレナはフラッシュを使うことは出来る。この世界では適正がある時点でその属性の魔法は発動できる、ただ十分な魔力とその魔法の効果、発動する経路、結果を正確に把握しておかなければならないのだ。

 そうしてそれらがまとめて記されているのが魔導書ということになる。ただそれだけのものとなると当然貴重な物でこの国では基本学院の図書館か国立の図書館にしかない。


「ふぇっ? ヘ、ヘレナさん? どこいっちゃたんですか?」


 突然姿が見えなくなったヘレナに驚き、慌てて周囲を手探りで探そうとするソフィア。


「大丈夫ですよ、ソフィア様。ちゃんと居ますから」


「……すごいです、けど本当にどこにいるのですか? それにヘレナさん、詠唱してました?」


「……え? 詠唱っているんですか?」


 ヘレナが魔法を解除した後、向かい合った二人は同時に首をかしげた。

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