第2話 スクール下克上、始まります
「この人も、超能力者です。テレポーターです」
「へ?」
それは俺と、そして教室中の口から出た疑問符だろう。
虫の足音でさえも聞こえそうな静寂を、坂東が破った。
「おいおいお前何言っているんだよ。こいつは超能力者なんかじゃない。ただの凡人、むしろ低能だぜ?」
「ううん。えっと、奥井育雄(おくいいくお)くん? もしかして、自分が超能力者なの知らないんじゃない?」
あっさり坂東を否定して、恋舞は俺と向き合いそう言った。
―—俺の名前を知っているのは、サイコメトリー能力者だからかな?
「確かに、俺は超能力なんて使ったことないけど、そんな奴いるのか?」
「いるよ。超能力者ってね、説明書を貰って自分の能力に目覚めるわけじゃないの。生活している中で、ある日ふと使えて気づくの。奥井くんて、今までの人生で、今すぐどこかに行きたいとか、強く念じたことある?」
「……言われてみると、ないな」
俺は真面目なので、遅刻の心配をしたことはないし、旅行に興味もない。
強く【どこそこにワープしたい!】なんて念じたことはない。
「だからだね。でも、奥井くんも間違いなく、わたしや内峰さんと同じ超能力者だよ。これから一緒に、総務省に来てくれる?」
恋舞は得心を得ると、両手を合わせてお願いしてきた。
その健気な態度には、初対面と言えど、心を動かされてしまう。
自分が超能力者なんて信じられないけど、ついて行って話を聞くぐらいは、問題ないかなと思う。
「わかった」
「ほんと、ありがとう」
語気を強めた感謝で、恋舞は安堵の笑みを浮かべた。それが心底嬉しそうで、なんだかいいことをした気分だった。
俺は、内峰と同じく、龍崎さんの元へ行こうと立ち上がった。
デバイスで授業を行い電子マネーの普及した現代では、ノートも教科書も筆記用具も財布もいらなくなった。
なので、昔の学園モノよろしく、学生鞄を持つ人は激減している。
俺も、学校には手ぶらで登下校しているので、そのまま恋舞と共に教室の前を目指した。
直後、背中に寒気がするような怒気を感じた。
また背中に氷でもいられたかと思ったけれど違った。
肩越しに振り向くと、坂東が鼻にしわを集めた顔で睨んでいた。
まるで親の仇を恨むような、自分の未来全てを奪った怨敵を憎むような、見たことのない表情だった。
押し殺すように「奥井がオレと同じ能力者?」と漏らした声には、明確な敵意を感じた。
「うむ、では後は上級生の能力者だな。奥井育雄、坂東亮悟、貴君らも着いてきたまえ」
龍崎さんは満足げに頷いて、足早に教室を出て行った。内峰もその後に続く。
俺は、自分が超能力者という状況に驚くよりも、背後の坂東と距離を取りたくて、龍崎さんの背中を追いかけた。
◆
15分後。
俺らは、自動運転で走る黒塗りの公用車の座席に腰を落ち着けていた。
俺の左隣には恋舞、そのさらに左には内峰が座り、俺の正面には龍崎さんが座っている。坂東は、しっかり内峰の正面を確保していた。
上級生の能力者は、別の車に乗っている。
「それで恋舞、あ、同学年だよな?」
「うん、わたしも今年で高校一年生だから、タメ口でいいよ」
「さっき、俺のことをテレポーターって言っていたけど、具体的には何ができるんだ?」
「あ、ごめん。わたしも、能力の詳細までは、触らないとわからないの」
恋舞は、申し訳なさそうに肩を縮めて、いい淀んだ。
その意味を察して、俺も申し訳なさそうに手を横に振った。
「いやいや、初対面の男子に触るの嫌だよな。俺のほうこそ悪い」
いきなり女子に「俺に触ってくれ」なんて、これじゃあまるで変態じゃないか。
でも、恋舞はさらに慌てて、俺以上に激しく両手を振った。
「ちちち、違うよ奥井くん! そうじゃなくって、触ったら相手の個人情報とか記憶とか、本当になんでも読み取れちゃうの。だからわたしに触られるのは危険なの」
なるほど、と俺は納得して、落ち着きを取り戻した。
「あー、そういうことか。じゃあ、そういうのは読み取らない方向で頼む」
「え?」
俺が手を出すと、恋舞はきょとんとまばたきをした。
「あの、だからね、わたしがその気になったら、本当に何でもわかっちゃうんだよ?」
「ああ。でも、わざわざ教えるってことは、恋舞はそんなことしないんだろ?」
その気があるなら、最初から触っているはずだ。
「やっていいことと悪いことの分別がついているならそれでいい。人間、疑ったらキリがないだろ? それともお前は、通行人が全員通り魔かもしれないとか警戒しながら生活してんのか?」
「…………」
無言のまま、恋舞は心底驚いた顔で固まり、戸惑っていた。
――俺は何か、また浮いたことをしてしまったのだろうか?
内峰は感心したように息をついて、龍崎さんは興味深そうに目を光らせ、坂東は憎らし気に舌打ちをした。
またあの、「スカしてんじゃねぇよ」という顔だ。
「じゃあ、ちょっと見させてもらうね」
恋舞は、ためらいがちに、俺の手を握った。
初めて触る、女の子の手の柔らかさと体温に動揺しないよう、平静を意識しながら、サイコメトリーが終わるのを待った。
「うん、わかったよ」
恋舞が手を離した。
実際は二、三秒だったと思うけど、俺には数十秒にも感じた。
やっぱり超能力者じゃありませんでした、と言われる覚悟で精神的防御を固めていると、恋舞はちょっと先生ぽい感じで説明し始める。
「奥井くんの能力は、自分や近くのモノを、別次元経由で好きな場所にワープさせられる能力だよ」
「送り先は? 漫画とかだと、自分が一度行った場所にしか行けないってのが定番だけど?」
「場所は地図とかだいたいのデータがあればいいみたい。ただ漠然とした、たとえば【ここから一番近くの駐車場】、みたいなのはダメ。行ったことが無くても、【三丁目の駐車場】、みたいに念じないと」
今までの気後れした感じがなくなって、恋舞はスラスラと答える。
「あと、これは能力を鍛えないと使えないみたいなんだけど、遠くのものを手元にテレポートさせることもできるみたい。厳密にはアポートって言うんだけど、広い意味ではテレポートの一種だね」
「へぇ、それは便利だな。でも、超能力ってどう使うんだ? 呪文みたいに口で言えば発動するわけじゃないんだよな?」
「えっ!?」
と、恋舞の表情が曇った。
さっきまでの自身溢れる先生顔が嘘のようだ。
「うんと、なんて言えばいいのかな。感覚的なものだし……」
同時に、坂東の視線が逡巡するようにブレた。
ここで俺にコツを教えて内峰にいいところを見せたい反面、俺の利益になることはしたくない。そんなところだろう。
すると、困り顔の恋舞へ助け船を出すように、内峰が身を乗り出した。
「あのね奥井君。超能力を使うのに大事なのは、胸の中のスイッチを意識することなの」
「胸の中?」
「そう。ほら、日本語でも【胸を躍らせる】【胸が痛い】【胸がすく】【胸をなでおろす】【胸が熱くなる】って、精神的なことは頭よりも胸で感じるでしょ?」
「言われてみると確かにそうだな」
実際、医学が発達するまでは、人間は胸で考えると思われていたらしい。
「超能力は精神力。だから精神的な影響が出やすい胸の奥を意識することで、コントロールできるの」
「へぇ、超能力ってそうやって使うんだな」
流石は内峰。打算的な坂東とは違い、わかりやすく、サクサクとコツを教えてくれる。坂東は、酷く面白くなさそうな顔をしている。
「じゃあちょっとやってみるか。ええっと、じゃあ龍崎さんの隣の空席にテレポートしたい、したい、したい」
悲しい時、胸の奥が辛くなるように、胸の奥で何かのスイッチを入れる気持ちで、俺はテレポートを念じた。
その矢先、坂東が口を挟んできた。
「おいおい奥井。いくら胸の奥って言われたからって内峰の巨乳ばっか見るなよ。失礼だろ」
「は?」
急に何の話かわからず、俺がついていけない隙に、坂東はまくしたてた。
「教室でもいつも下ネタばっか言って女子たちが嫌がっているのに気づけよ。オレ、お前みたいに女子をおっぱいの大きさでしか見ない奴嫌いなんだよ。これから一緒に仕事するなら、そういうエチケットは守ってくれないと。ほら、さっさと内峰や恋舞に謝れよ」
――なるほど、そういう計画か。
いわゆる、藁人形論法の応用だ。
俺の視線が、内峰の胸を見ていた、という事実はない。
だが、虚実を声高に叫ぶことで、衆人観衆にあたかもそうであったかのように思わせ、虚実を責め立てることで相手を劣勢に追い込む。
まさに、俺を無視して、自分で作った藁人形(虚実の俺)を自分で倒して勝者顔をする、というわけだ。
衆人に訴える論証(みんなが自分を支持しているから自分が正しい)。
無知に訴える論証(お前が正しい証拠がないからお前が悪い)。
悪魔の証明(証明不可能な事柄の証明を強要する)。
ダブルスタンダード(自分の都合で価値基準を変える)。
論点先取(自分に有利な前提を作ってから話を進める)。
相殺法(お前は別件で被害を出したんだから、被害を受けても文句言えない)。
などと一緒に、昔から坂東がよく使う手口だ。
専門用語を並べると、いかにも坂東が弁舌術の達人ぽく見えるけどそういうわけじゃない。
むしろ、これら専門用語は、坂東のように劣悪で幼稚な人間たちの手口に分かりやすく名前をつけたものだ。
幼い頃から、坂東たちグループにこれらの詭弁を使われ、いつだって俺は悪者扱いを受けてきた。
坂東は、この幼稚な屁理屈や詭弁を、高校生になっても使い続けるつもりらしい。
言い返したいも、言い返した分だけ、坂東は詭弁でまた俺を攻撃してくるに決まっている。
嫌な気持ちが溢れて思考力が鈍ると、龍崎さんが胸の下で腕を組んだ。
「なんだ、貴君はおっぱい国民か。それなら話が早い。私の胸の谷間にテレポートするがいい。これならやる気も出るだろう?」
「騙されないでください! 坂東は嘘しか言わない男ですから!」
「なんだ、私の爆乳よりも美稲の巨乳のほうがいいのか?」
一瞬、内峰の豊満な胸を想像して、俺は欲望を振り払うように叫んだ。
「そういう意味じゃ――」
言い終える前に、視界が消えた。いや、変わった。
目の前に、内峰の巨乳が迫ってくる。
俺の妄想が暴走しているのかと思ったけど違う。
俺は、内峰の上に、テレポートしたらしい。
「うわっ」
「きゃっ」
顔面は深い谷間に、両手は胸の頂点の上に着地してしまう。
ブレザーの開襟部分に顔をうずめた俺は、ワイシャツとブラジャー越しに、顔面で内峰のおっぱいを顔いっぱいに感じてしまう。
内峰のおっぱいは顔の型でも取るように底なしのやわらかさで、得も言われぬ快楽に脳味噌がトロけそうだった。
両手には、制服越しでもなお、濃厚なやわらかさと低反発力が広がり、理性のタガが一瞬で緩んだ。
そのせいで、すぐには離れることができなくて、坂東の敵意への反応が遅れてしまう。
「テメェッ!」
振り返れば、坂東が短い氷の棍棒を握り、全力で振り下ろすところだった。
――マズイ!
小学生の頃から、何度も殴られ味わってきた痛みが蘇る。
体を硬くして、俺が痛みに備えると、三人が動いた。
「「ダメぇ!」」
内峰は背中で俺をかばうように抱きしめて身をひねってくれた。
恋舞は、俺と坂東の前に割り込んで盾になってくれた。
龍崎さんの拳は、坂東の氷の打ち砕き、前腕は坂東の拳を受け止めていた。
「坂東亮悟。随分と手慣れた動きだが、貴君は日常的に能力で暴行を?」
龍崎さんの鋭い眼光を浴びて、冷静になった坂東は身をすくませた。
「え、いや、その、偶然ですよ。オレはただ内峰を守りたくて……」
――よく言う。ただ、お気に入りの内峰に俺が触れたのが許せなかっただけだろ。
「大丈夫? 奥井君」
「ケガしてない?」
内峰と一緒に、恋舞も、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「あぁ、ありがとう二人とも。それにごめん内峰」
「ううん、気にしないで。わざとじゃないし」
「ありがとう。あと恋舞、俺の考えていること、サイコメトリーしてくれるか?」
内峰から体を離して、自分の席に座ると、俺は恋舞に手を出した。
「え? う、うん、いいよ」
恋舞は、ちょっと不思議そうに俺の手に触れた。
途端に、彼女は眉を八の字に垂らして、口の中でくちびるを噛んだ。
横目を坂東に注ぐと、恋舞は深刻そうな声を漏らした。
「……ひどい」
ぎゅっと、握り拳を作りながら、恋舞は坂東から距離を取るように、身を引いた。
「はっ、テメッ、奥井、お前いま、恋舞に何吹き込んだんだよ?」
龍崎さんと内峰の手前、必死に言葉遣いを取り繕いながら、それでも坂東の声には強い敵意が滲み出ていた。
「気になるなら、お前も恋舞にサイコメトリーしてもらえばいいだろ?」
「そ、それは……」
坂東は息を呑んでから青ざめ、居ずまいを正した。
「ふん、どうでもいいよ。オレはお前みたいな子供じゃないんだ。鼻息荒くして、自分の正しさを証明しようなんて思わねぇよ。そうやってオレを悪者扱いしたければしてろよ。でも覚えておきな、本当に正しい奴は、いつか認められるものなんだよ。自然とな」
「よし奥井。では総務省に着くまで、テレポートの練習を続けよう。自分の席と私の隣の空席、あと私の膝の上の三か所に連続でテレポートするんだ」
「はい」
龍崎さんの膝の上、というのは引っかかるも、ここは頷いておいた。
「頑張って、奥井くん」
「慌てずに、落ち着いてね」
美少女二人と美女一人が俺に言葉をかける現状に、坂東は背もたれに体重を預けた姿勢のまま、額に青筋を浮かべた。
その姿は痛快でもなんでもなく、後で何か八つ当たりしてこないだろうな、という不安だけが煽られた。
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます。
本作は【第6回カクヨムWeb小説コンテスト】に応募中なので、応援していただけると嬉しいです。
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