第108話 桐葉VS伊集院

 瓦礫が崩れて、中から無傷の伊集院が立ち上がった。


「なぁーに勝ち誇っちゃってるんだか。避けられなかった? 避ける必要がなかっただけだよ。テレポートが効かない相手には物を落として対処するのは、坂東の事件でリサーチ済みだ。けど、この超硬合金製の装甲を傷つけられるものなんてどこにあるんだよ? それに、君のテレポートはあくまでも空間を指定する能力。だから僕が光速で動き回っていたら狙って落とせない。そうだ、ろ!」


 伊集院のガトリングが火を噴いた。

 が、桐葉が俺の前に立ちはだかって盾になってくれた。

 俺が戦慄したのは一瞬。

 弾幕がやむまで、桐葉は涼しい顔だった。

 床に転がった無数の潰れた弾頭を見下して、桐葉は口角を上げた。


「こんなチャチな豆鉄砲でバケモノ退治なんて、ボクのことなめてない? やるなら、高周波ブレードにしなよ。もっとも、軍人でもない素人のお前に使えたらだけどさ」

「バケモノが粋がるなよ。僕はこれでも剣道二段だ」


 伊集院が背中からマチェットソードを引き抜くと、ブースト加速で襲い掛かってきた。

 対する桐葉は、妖精のような四枚の羽を広げると、羽ばたくことなく、金色の燐光を残しながら飛行した。


 桐葉の能力は蜂になることではなく、蜂の能力を蜂以上に再現することだ。


 あの羽は羽ばたいて推進力を得るためのものではなく、飛行能力そのものの具現なのだろう。


 桐葉と伊集院は空中で激突し、体育館の天井を突き破って外に飛び出した。


 今までの戦いで半壊状態の体育館の中から空を見上げ、俺は桐葉をサポートする隙をうかがった。


 桐葉と伊集院は空中で何度もぶつかりあい、刃と刃を交差させ、超高速を突き抜け音速の激闘を繰り広げていた。


 まばたきをしている間に互いの位置が入れ替わり、鋭い金属音が空に広がり、地上にいても、空気の振動が肌に伝わってくる。


 それは高校生同士の、けれど本物の殺し合いだった。


「ハニー君、そっちはどうなっているの!?」


 離れた場所では、美稲が他の敵機と【リビルディング】で力比べ状態が続いていた。

 液体のように動く地面に手足を取られるたび、敵機はアクチュエーターの膂力で砕き、壁に押し潰されそうになると手とブーストの出力で拮抗している。


「桐葉のほうが戦闘能力は上だ。けど、伊集院の未来予知で桐葉の動きが全部読まれている。それに剣道二段の伊集院が高周波ブレードを使っている。悔しいけどこのままじゃ負ける」


 俺は焦燥感に高鳴る心臓を抑えながら、どうにかして打開策を考えようとした。


 ――落ち着け。必ず突破口はあるはずだ。まず伊集院の機体は超能力で作られたものでテレポートは効かない。何か他のモノにテレポートを使って勝つんだ。何に? 何をどこにテレポートさせれば伊集院を止められる?


 こうして俺がまごついている間にも、次の瞬間には桐葉が殺されてしまうかもしれない。


 その恐怖感で奥歯を噛みしめたとき、俺の視界に着信マークが表示された。


「真理愛か、そっちは無事か?」

『はい。こちらは全員無事です。みなさん、地下の倉庫や駐車場にて待機しています。それで伊集院さんの弱点がわかりました』


 おもいがけない手掛かりに、俺は息を荒らげた。


「弱点って、どうやったんだよ!?」

『先程からずっと、伊集院さんの思考を念写し続けて、舞恋さんたちみんなで分析したんです。どうやら、伊集院さんの予知能力は、同時にふたつのことを予知できないようです』


「どういうことだ?」

『つまり、未来の危機と、桐葉さんの次の手を同時には見れないということです。先程、ハニーさんの天井落としを避けられなかったのがその証拠です。目の前の桐葉さんの未来視をしている間は、他が原因で起こる危機を予知できません』


「ありがとう真理愛! あーでもごめん、テレポートさせてあの機体にダメージを与えられるようなモノがないんだ」

『あります』


 強い口調で言い切った。


 俺に希望を与えるように、真理愛は自信に溢れた声で逆転の手を口にしてくれた。


『今、この学園には警察の機動隊が向かっています。その中には、機動隊が保有するパワードスーツが5機確認できます』

「そうか、そいつらを俺のアポートで呼び出せば!」


『残念ですが、実戦経験に乏しい機動隊相手では、予知能力を持つ伊集院さんには勝てません。桐葉さんの戦いの邪魔になるでしょう。使うのは、彼らの装備です!』

「……なるほどな、真理愛、お前最高だよ!」

『お褒めに預かり光栄です』


 俺は動悸の激しい胸板を叩くと、上空の二人に集中した。


 桐葉と真理愛がくれたチャンスを無駄にはしない。


 勝利の条件はそろった。


 あとは、どうやって伊集院を罠にハメるかだ。


 奇策が通じるのは一度だけ。二度は無い。


 けれど、悠長に待っている時間はない。


 こうしている一秒一秒を、桐葉は命がけで戦っているんだ。


 そう危惧した矢先、高周波ブレードが桐葉の羽を切り裂いた。


 桐葉の体勢が崩れたところへ、伊集院は容赦なく鋭利な切っ先を彼女の腹にブチ込んだ。

 工業機械のように甲高い切断音の後に、桐葉の悲鳴が空を奔った。


「桐葉ぁあああああああああああああ!」


 心臓が凍てつくような恐怖が全身を駆け巡った。


 俺は思考を放棄して、ただ衝動のままに、桐葉をアポートで俺の腕の中に呼び戻した。


「桐葉! しっかりしろ!」


 彼女の体はぐったりと力を失い、全体重を俺の腕に預けてきた。


 蜂の外骨格が崩れていく。彼女の精神力が失われていく証拠だ。


「ッ、ハニーごめん、しくじっちゃったよ」


 俺に心配をかけさせまいと、歯を食いしばりながらも彼女は明るく振舞った。


 けなげな姿に、自分の無力さを恨んだ。


 何がチート能力だ。

 テレポートが使えても、女の子ひとり守れないじゃないか。


 ――違う。後悔は後でいくらでもやればいい。今は、桐葉の努力を勝利につなげるんだ! でも、どうやって。


 そこへ、弱った獲物を見つけたハンターが舌なめずりをするような声が降ってきた。

「みぃつけた。どこに逃げたかと思えば、大事な大事なハニーのところかよ?」


 上空の伊集院は、空に佇んだまま、ぐるりと俺らへ方向転換した。


 それから、猛禽類が獲物を仕留めるべく急降下するように、まっすぐ飛んできた。


 右手のマチェットソードを振り上げ、俺らの命を奪うために。


 死への1秒カウントを告げる光景に、俺の口から声が漏れた。


「あ……」

 そして気づいた。



 ここだ。



 俺はアポートを発動。


 今、ここへ向かっている機動隊のパワードスーツ。その装備である、対戦車小型ミサイルを、伊集院の軌道上にアポートした。


 伊集院とミサイルは激突して、空に大輪の火炎花を咲かせた。


 紅蓮と黒煙が混ざり合いうねりを上げる。


 襲い掛かる爆風で体が倒れそうになり、俺は桐葉をかばうように抱きしめながら、身を縮めて耐えた。


 桐葉も、身を硬くして、爆風が収まるのを待った。


 しばらくして、俺らは顔を上げて伊集院の安否を確認した。


 やり過ぎてしまったか。

 伊集院は生きているだろうか。

 桐葉も、なんとか自分の足で立ちながら、すうせいを見守った。


 まさか死んでいないよな、とやや心配する俺の視線の先、霧のような煙を突き破り、灰色の機体が襲い掛かってきた。


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今回のオマケ


 終業式前に作戦を練っている時の伊集院。

「くそっ! さっきから10種類以上の作戦を考えているのに全部奥井のテレポートと龍崎と針宮の腕力に潰される! あっ、奥井の野郎が全校生徒と隣町にテレポートしてから警察を僕の周りにテレポートさせる未来が見える! えーっと、終業式前に謝って針霧の警戒を解いて、僕がOUに逃げることを伝えてテレポートで逃げないようにして、僕の予知能力による戦闘スペックを見せつけて警察を呼んでもダメだと思わせて……よし、これで針霧の監視、奥井のテレポート逃亡、警察アポートを封じた……ていうか龍崎は人間だからパワードスーツと戦えたらダメだろ!?」


 敵は敵でけっこう苦労しているんです。

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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー11181人 280万6444PV ♥40212 ★5556

 達成です。重ねてありがとうございます。

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