第107話 桐葉のファイナルモード
「おいおい、あのゴミ上司、本当に人間か?」
背中のジェット噴射で天井近くをホバリングしながら、伊集院は得意げに俺らを見下ろしてきた。
「伊集院」
俺が敵意を込めて見上げると、伊集院は愉快そうに笑った。
「おいおいおい、そんな怖い顔するなよ。あいつがゴミなのは事実だろ? 本当ならあの程度の事件、僕の貢献度を考えれば揉み消すべきなのに、その程度の機微もわからないんだから」
吐き気がするほど自己中心的な理屈を吐いたあと、伊集院は声をひそめた。
「それに、お互いこれが最後かもしれないんだ。楽しもうよ」
まるで、水たまりに溺れる虫を観察する子供を思わせる残虐な笑みだった。
教室で見せた姿とのギャップの激しさに、俺は悔しさがこみあげてきた。
「嘘だったのか? 全部?」
「嘘? あ~、教室で謝ったことか。そうだよ。う、そ。そうしないと作戦が失敗するって予知が出たからね」
言われてから気づいて、自分の不明を恥じた。
「気づいたようだね。そう、君らの抹殺計画を練ってから予知をすれば、それが成功するかわかるんだ! 君らに謝って警戒心を解けば僕はノーマークで動ける。OUの援軍も、どこから忍び込めば成功するかは一目瞭然だ!」
騙されていた自分の不甲斐なさに怒りがこみ上げるも、それ以上に、伊集院の裏切りが許せなくて、頭の奥が過熱した。
「どうしてだ!? なんでOUなんかに協力しているんだよ!? それに抹殺って人殺しじゃないか! お前、警察班なのに、わけわかんねぇよ!」
溢れる言葉がうまくまとまらなくて、支離滅裂だった。
でも、本当にわからない。
警察班で治安維持に努めていた高校生が人殺しに加担するなんて、普通じゃない。
復讐にしてもおかしい。
伊集院は夏休み期間中の更生施設行きと、三か月の監視生活という軽い処分で済んだはずだ。
一か月我慢すれば、日常に戻れるんだ。
「そんなの、OUへ亡命するために決まっているじゃないか」
さも当然とばかりとばかりの口調に、俺はますます理解が追いつかなかった。
「いや、だからOUに亡命する必要ないだろ? 夏休みの間だけ我慢すれば、お前、元の生活に戻れるんだぞ?」
だが、伊集院は頭の悪い子供に世の中の道理を説明するように、気だるい息を吐いた。
「やれやれだよ。そんなのカッコ悪いだろ?」
――カッコ悪い?
「何が日常だ。殺人教唆の前科者と日陰で生きる人生のどこが日常? 僕はまだ16歳だ。なのに残りの人生をずっと前科者の日陰者として君らの風下に立たされながら肩身を狭くして生きるなんて地獄だよ!」
そこまで吐き捨てから、途端に伊集院は上機嫌に舌を転がした。
「だけど、日本に敵対するOUに亡命すればどうだ? 僕はライバル国日本の経済再生を阻止した英雄だ! 戦争犯罪者も祖国じゃ英雄ってのは本当だよ。OUは僕の予知能力の精度の証明に君らを始末すれば、最高待遇で迎えてくれるんだ。僕の邪魔をしたクズを殺して人生やり直し。こんないい話はないじゃないか」
「ッ、お前、だからってこんなこと!」
「あーあーあー、そういういいから」
俺の言葉を遮って、伊集院は小ばかにした態度で、機体の手をひらひらさせた。
「あのさぁ、人に迷惑をかけちゃいけないとか、人殺しはいけませんとか、それぐらい僕でも知っているよ? でもさ、それって安全圏にいる勝ち組野郎の話だろ?」
声のトーンを落とすと、伊集院は静かな怒りを感じさせる声音を作った。
「僕だって好きでこんなことはしないさ。でも考えてもみてくれよ。どん底の人生で、この先、何十年もずっと地獄だってわかっている時に、誰かを犠牲にすれば人生やり直せるんだよ? そりゃやるだろ? そんな状況でも、誰かを犠牲にするぐらいなら自分はこの不幸な人生を生き抜きますなんて言えるのは、ドMの変態か悲劇のヒーロー気取りのナルシストだけだろ! 言っておくけど、テレポートで逃げたら最高待遇を諦めて普通にOUへ亡命するよ。でもそうしたら、僕は予知能力の全てを使って日本の邪魔をする。全力で日本経済を叩き潰してやるよ」
――くっ、全員で他県まで逃げるのは無理か。
「特に奥井! お前は僕の人生を台無しにしたんだ。なら、僕が人生をやり直すための踏み台になるのが筋だろ? なぁ!」
最後の言葉を引き金に、伊集院がブースターを猛らせて降下してきた。
すかさず桐葉が前に出るも、伊集院は桐葉の拳を手で受け止めてから、前蹴りの一発で桐葉を体育館の壁に叩きつけた。
「桐葉!」
心臓が固まりそうな恐怖に俺が駆け出すと、伊集院は高笑った。
「おいおいこんなもんかい? 針霧って確か、物理戦闘力最強とか言われていなかったっけ? まっ、映画じゃないし、能力者の戦闘力なんてこんなもんか」
俺が駆け寄ると、床に倒れた桐葉は笑顔を見せてくれた。
「大丈夫だよハニー。ちょっと体重差で当たり負けただけだから」
「よかった……くそ、あのやろう、桐葉の動きを予知してやがる」
伊集院は、近い未来ほど正確にわかる。
戦闘に活かせば、相手の次の動きが正確にわかるというのは、前に伊集院が言っていたことだ。
「かと言って俺のテレポートも効かない。手詰まりだな」
つい弱音を吐いてしまうと、桐葉が力強く立ち上がった。
「そんなの簡単だよ。いくら先が読めても、子供は大人に勝てない。圧倒的な力の前には、小細工なんて無力なものさ」
勇ましく仁王立つ桐葉の全身に、グリッド線のような光のラインが走り、外骨格のようなデザインを作り上げた。
「ただ、ボクの全力を見ても嫌わないでね。誰にバケモノって言われても、ハニーさえ愛してくれたら、ボクは頑張れるから」
「お前何を言って、ッッ!?」
グリッド線の外骨格は、テクスチャが張られるように実体と質量を得て、存在感を増していく。
ガラスのように透明な四枚の羽。
頭から伸びた二本のうごめく触覚。
全身を覆う金色の外装。
四肢の先端で光る鋭利なかぎ爪。
そして前腕の外側には、蜂というよりもむしろクワガタを彷彿とさせるオオアゴが形成され、内側にはパイルバンカーのような杭が装備されている。
桐葉の顔の下半分を外骨格が覆い、左右に開く獰猛なオオスズメバチの口が生贄を求めるように開閉した。
バケモノなんてとんでもない。
昆虫の蜂を模したその姿は、まるでアメコミのヒーローみたいにカッコよかった。
「ははは! なんだよその姿! まるでアメコミのヴィランみたいじゃないか! それが君の正体か! こりゃ最高の化物退治だね! 僕の戦績にも箔がつくよ!」
まばたきの間に、桐葉は伊集院の目の前を飛んでいた。
予知能力ができる筈の伊集院でさえ、目を丸くした。
「めざわりなんだよ」
さっきの意趣返しか、桐葉の前蹴りが機体の股間を蹴り上げ、伊集院は体育館の天井に腕から着地した。
「ちょっとパワーアップした程度で勝ったつもりかい? 言っておくけど、予知能力は僕の勝利を告げている! 僕の予知は絶対だ! つまり、お前らに未来はないんだよ!」
伊集院が天井から離れて降下し始めるタイミングに合わせて、俺は奴の頭上に天井の一部を切り取る形でテレポートさせた。
巨大な鉄筋コンクリートの塊に、たまらず伊集院は落下して瓦礫に埋もれた。
「絶対じゃないだろ? お前の予知能力の的中率はあくまで90パーセント。10回に一回はハズレるんだ。今の攻撃を避けられなかったのがその証拠だ。なら、俺が未来を変えてやるよ!」
――早百合局長が生身で頑張っている。美稲が一人で耐えてくれている。なら、俺が諦めるわけにはいかない。
「ハニーの言う通りだよ。勝つよ! ボクらふたりで!」
「あぁ!」
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本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
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達成です。重ねてありがとうございます。
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