第253話 多数決が持つ3つのデメリット


 桐葉たちがうどんを配膳してくれたテーブルにつくと、みんなで手を合わせていただきますをした。

 うどんを食べ始めると、ほどなくして早百合さんが話題を振ってきた。


「ところで、貴君らは衆議院議員の解散総選挙のニュースは目にしたか?」

「はい。て言っても、議席数が多少変わるだけで、どうせ与党は変わりませんし、興味ないですよ」


 俺に続いて、茉美も口を尖らせた。


「若者が政治に無関心なせいで年寄り贔屓な政治家が当選して若年差別が進むって言うけど、実際あたしの一票は一票しかないしね。毎回得票数差って何千何万てついているし、自分が投票に行かなくてもいいじゃん、まっ、16歳のあたしには投票権なんてないけど」


「事実と異なります。法改正の結果、投票権は16歳からなので、麻弥さん以外は皆さん投票権をお持ちです」


 麻弥は早生まれなので、今年で15歳である。


「ふ~ん、でも行く気しないわね」


 他の面々も、表情を見るに興味がなさそうだ。


「おいおいお前ら、早百合さんの前でなぁ……」

「いや、もっともな意見だ」


 早百合さんはビシッと告げた。


「そしてそう思わせる我々大人の責任でもある。これが民主主義の弊害だ。多数決の原理は一見公平なようで、実は特定の多数派グループによる事実上の独裁政権になるという落とし穴がある。だから少数派は常に辛酸をなめさせられる」


「多数決の持つ3つのデメリットってやつですね」

「それなんすかハニーちゃん?」

「別に専門用語じゃないし解釈によって3つでも5つでもいいんだけどな。多数決には大きく分けて三つのデメリットがあるんだよ」


 俺は詩冴に手を突き出してから、人差し指を立てた。


「その1。知識人の知識が活かされない。全員一票ずつだから100人の知識人が正しい選択をしても、1000人の馬鹿が間違った選択を選ぶと、組織全体が間違った方向に舵を切ってしまう」


 中指を立てる。


「その2。組織内にストレスが溜まる。少数派は有無を言わさず強制的に意思を踏み潰される。まして偶然連続して少数派に回ればそのストレスは尋常じゃないだろうな」


 最後に薬指を立てる。


「その3。ただの人気取りゲームになる。正しい選択を選ぶのが目的なのに、みんなが人気者に追従して、人気者に忖度した結果になるだけ。そして人気者とは別の選択をした人はのちに敵視される。むしろ敵視されたくないから人気者に追従した選択をする人もいるだろう。これじゃ正しい選択は選べない」


「奥井ハニー育雄の言う通りだ。選挙しかり、総理を決める与党内の首班指名しかり、民主的な多数決は言う程、万能ではない。むしろ退治不能なバケモノだ」


 早百合さんは辟易とした嘆息を吐いた。


「独裁政権ならば暴君が倒れれば改善の見込みもある。だが、腐敗した民主制は大臣が全員倒れたとしても同じ穴の狢が引き継ぐだけだ」


 早百合さんの言葉に、俺も億劫な気持ちになる。

 破綻した経済は、俺らの力で解決した。

 けれど、腐敗した政治だけは、俺らの超能力でもどうにもならない。


「真理愛ちゃん、国会議員全員のスキャンダルをバラまくっす!」

「ハニーさんから詩冴さんの言うことは無視しろと言われているのでダメです」


 詩冴が迫力のない顔で睨んできた。

 無視した。

 いじけた。黙ってうどんをすすっている。


「だがな、その政治家に私もなることになった」


 えっ? と俺らの視線が集まると、早百合さんは辟易とした表情を引き締めた。


「此度の衆議院議員選に、私も出馬することになったのだ」

「マジですか。凄いですね、みんなで応援しようぜ」

「そうだね。ボクらの人気を最大限に利用しようよ」

「じゃあ私から生徒会とアビリティリーグの人たちにも声をかけておくね」

「みんなで応援するのです」

「あれ? でも確か未成年て選挙活動できないんじゃなかったっけ?」

「いえ、舞恋さん。それも法改正がされて15歳から可能です」

「麻弥もできるのです」むふん

「早百合さんが出るなら話は別よ。あたしの一票は早百合さんにあげるわ!」


 俺らが盛り上がると、早百合さんは緊張が抜けたように表情をゆるめた。


「まったく貴君らという奴は。私の応援を頼もうと思って来たのに、先に言われてしまったな」


 早百合さんが喜んでくれて、なんだか嬉しかった。

 でも一方で、早百合さんが完全にクズ総理の軍門に降るようで釈然としない気持ちもあった。


「でもハニー、早百合さんが国会議員になったら、それこそ完全にあの雑魚総理の軍門に降るみたいでちょっとやだね」


 ――お前は本当にフィーリングが合い過ぎないかな?


 我が嫁との相性の良さに、俺は幸せホルモンの分泌を感じた。

 他のみんなも、釈然としない顔になる。


「う~ん、それはそうなんだけど仕方ないよねぇ」

「早百合ちゃんが与党議員になったら総理になれないんすか?」

「いやいきなりは無理でしょ?」


 茉美が詩冴に軽くツッコミを入れた。


「そこは妥協点だよね」

「舞恋、落ち込まない欲しいのです」

「心中お察しします。私も、あの総理の下で働かねばならない早百合大臣の行く末を想うと五臓六腑が辛くなります」


 ――真理愛意外と毒舌!?


 しかし、早百合さんは気落ちするどころか、むしろ好戦的な笑みを浮かべた。


「心配しなくともよい。出馬はするが、与党から出馬はしないからな」


 不敵な声に、俺はぎょっとした。


「よ、与党からは出馬しないって、まさか野党から? それは厳しくないですか?」

「奥井ハニー育雄。私は現総理大臣、いや、奴が許せない」


 ――もはや奴、扱いか。


「奴は私情を挟んだお友達人事でこの国の経済を破綻させた。それでも反省せず、日銀総裁からの報復対策は我々に丸投げ。超能力者の地位向上のために行ったアビリティリーグでは何の協力もしないどころか、悪戯に桐葉と美稲を拘束して邪魔をしてきた」


 早百合さんの言葉は徐々に重く、深い憎しみがこもっていく。


「そしてついには、わが身可愛さに経済再生の立役者にして国民である内峰美稲を人身御供に差し出した」


 どれひとつとっても、主権者にあるまじき暴挙だし、俺の大事な人を傷つける悪質極まりない愚考だ。


 総理は、俺らにとっては不俱戴天の仇と言っても過言じゃない。


 俺も、総理への怒りと憎しみが再燃して奥歯を噛みしめた。


 どこかで諦めていた。

 慣れてしまっていた。

 政治家なんてこんなもの。

 日本なんてこんなもの。

 でも、こんなことが許されていいわけがない。


「あえてはっきりと言おう。あの男は紛れもない悪党で犯罪者だ。そんな奴にこれからの日本を任せられるわけがない。他の与党議員も同罪だ」


 表情はより鋭く、声はより熱くなる。


「大統領と違い、日本の総理は権限が弱く調整役としての側面が強い。それはつまり、他の与党議員も五十歩百歩の俗物であるという証拠だ。人は偉くなるほど人を数字でしか見なくなる。95年の安定政権に胡坐をかくバカ殿気分の連中に、総理たる器を持つ者はいない! 総理には、私がなる!」


 早百合さんが力強く握り拳を作ると、俺は背筋に震えが奔った。

 部長、局長、庁事務次官、省事務次官、異能大臣ときて、ついに総理に。


 ずっと思っていた。


 早百合さんが総理になってくれればいいのに。

 この人の作る国なら、きっと最高の国が作れるのにと。


「だから、野党から出るんですか?」


 俺が声を硬くして確認するも、早百合さんは首を横に振った。


「いや。野党共は95年間、与党の足を引っ張ることに腐心し続けた悪質クレーマー集団でしかない。そもそも日本の総理大臣職は権限が小さい。私がどの党の議員になろうが、誰が総理になろうが、俗物共に引っ掻き回され何もできんだろうさ」


 実際、この95年の間に、与党が変わったことは数回ある。

 けれど、どれも国に混乱を招くだけで来季にはまた元の政党が与党に戻っている。


「なら、どうすれば」

「新たな政党を作るのだ」

『え?』


 俺ら全員の声が重なった後で、早百合さんは凛と声をあげた。


「私はまったく新しい政党、青桜党あおざくらとうを結党する! 真に日本の未来を憂う勇士烈士のみで構成された、最強の政治団体だ! 貴君たちには、その仲間作りを手伝って欲しい!」


 このご時世に、今更まったく新しい政党を作り政権を奪う。

 あまりに突拍子もない宣言に俺らが呆気に取られていると、早百合さんは不敵な笑みを浮かべた。


「詳しい話は明日、執務室でしよう。いまは、うどんだ」


 こともなげに言って、早百合さんは桐葉手製のうどんをすすった。

 俺は、頬の引き攣りがしばらく収まらなかった。


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 次回更新は10月31日です。

今後の予定は

第254話 選挙には確実に勝てるってどういうこと?

第255話 恋舞舞恋ちゃん大活躍!

第256話 黄金の魂をヘッドハンティング

第257話 えっ!?麻弥たんてインフルエンサーだったの!?

第258話 ロリの可愛さは世界を救う(確定)

第259話 総理にザマァアアアア!

第260話 糸恋の失言が可愛すぎる!

 です。

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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー20911人 861万0901PV ♥132171 ★8415

 達成です。重ねてありがとうございます。

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