第61話 ま、真理愛、なんて恐ろしい子……
半月後。
7月2日の月曜日。
仕事が終わった俺ら8人は、いつものように、夕食の買い出しに来ていた。
「そういえばあんた、勉強は順調なの?」
俺がカートを押していると、今日のデザートに使う果物を手に取りながら、茉美がそう尋ねてきた。
「問題ないよ。勉強内容が中学に入るときはどうなるかと思ったけどな」
今の俺は、各教科を中学2年生の半ば辺りまでマスターしつつ、常用漢字は2136字中1700字、英単語は850字、日本史は奈良時代までを習得していた。
「よくやったわ。せっかくあんたとも仲良くなってきたのに、二学期からは別のクラスとか寂しいしね」
「俺も好かれたもんだな」
「男子なんてウジウジかオラオラばっかだからね、あんたみたいに彼女を大事にする男子が好みなのよ」
相変わらず、知らない人が聞いたら誤解しそうな発言を平然とする奴だ。
いや、知っている人でも、桐葉でなかったら修羅場は確実だ。
戦々恐々としながら桐葉へ目配せをすると、
「あはは、ハニーってモテるね」
上機嫌に笑っていた。
いい女過ぎて、俺なんかに付き合わせているのが悪い気さえする。
「ん、おい、アメリカザリガニの剥き身が売っているぞ」
パッケージには、真水で三日間汚れ抜きをしていること、調理は高温でお願いすることなどが書かれている。
「これも、詩冴の能力で池や川から上がってきた奴か?」
「だと思うっす。動画サイトに食肉加工工場に行列を作って行進するザリガニたちをすくってトラックに乗せる動画が上がっていたっすよ」
「エビみたいなもんか?」
「調理法ってどうするのかしら」
茉美は、指を宙に走らせて、MR画面を展開した。
それから、きゅっと眉根を寄せた。
「は? なにこれ?」
「どうした?」
「いや、なんかネットニュースのタイトルが流れてきたんだけど、【日銀金田総裁、600兆円分の国債を某国に半額で売却する意向を示す】とか」
「「「「「え?」」」」」
俺、桐葉、美稲、詩冴、舞恋の声が重なり、真理愛と麻弥は顔を見合わせて首を傾げた。
そうして俺らは、夕食に早百合部長を呼び出した。
◆
俺らの部屋のリビングには、早百合部長を含めた9人が勢ぞろいした。
女子8人、男子1人の、えらく男女比の偏った空間だけど、それは今更だ。
エビフライならぬ、ザリガニのフライ入り、ハクビシン肉カレーを食べながら、俺らは早百合部長の話に耳を傾けた。
ちなみに、辛口のカレールーには桐葉の特性蜂蜜とローヤルゼリーを混ぜて、口当たりをまろやかにしている。小さな口で食べる麻弥が可愛い。
だが、そんな麻弥の可愛さを打ち消すような衝撃が、早百合部長の口から語られた。
「あれはフェイクニュースなどではない。日銀総裁、金田康則は、600兆円分の国債を某国へ半額で売却しようとしている」
あまりにも信じられない、突飛すぎる展開に、俺はあんぐりと口と目を開けたまま、しばらく閉じられなかった。
「正気……ですか?」
某国と言えば、いわゆる反日国家のひとつで、日本を貶める国内外活動にご執心だ。
その根底にあるのは徹底した選民思想による、民族優位主義欲だ。
常に日本をライバル視して、日本にだけは負けないと息巻き、日本が得する全てに噛み付き、日本が損をする全てを支援する有様だ。
日本の財政破綻も、某国は国を挙げて拍手喝采で歓喜に湧き上がり、近隣国には「これが日本の正体で真の実力」と吹聴し、一部のメディアや国民は、今こそ日本を侵略し、植民地にすべき、とまで煽っている程だ。
金田総裁は、そんな国に、日本の命綱を握らせようとしているのだ。
「金田総裁って、反日系市民団体の人か何かですか?」
肩を落としながらも、俺は最後の希望をかけるような心持ちで、早百合部長に尋ねた。
「所属はしていないが、総理への復讐心から、口上はほぼ市民団体の引用だな」
某国へ、国債を半額で引き渡す理由として、金田総裁は、
『某国との友好のため』
『国債の売却は友好と信頼の証』
『我が国と某国は多くの国際問題を抱えているが、我々の誠意を見せることで某国の警戒心は薄れ、真の友愛と国際社会への道が拓かれる』
『反対する人たちに聞きたいが、日本は財政破綻したのだ。現実を見るべきだ。我々はアジアの覇者でもなければ大国でもない。分相応の態度を見せるべきだ』
などとのたまっているらしい。
早百合部長の説明に唖然とし過ぎて、俺は思考が停止した。
日本政府は戦後100年間、【土下座売国外交】と揶揄されるほど、某国に弱腰な姿勢を見せてきた。
その結果もたらされたのは、某国のさらなる増長と反日活動の数々だった。
国際問題は、某国が一方的に絡んできたモノばかりだし、財政破綻は、それこそ金田総裁の子供じみた仕返しが原因だ。
自身で日本を崩壊に追いやっておきながら、どの口で言っているんだと、これが大人の、しかも日本銀行総裁に就任するほどの秀才の言動かと、信じられない気持ちでいっぱいになる。
「貴君ら青少年にこんなことは言いたくないが、日本政府の上層部などこんなものだ。大臣職のオトモダチ人事がいい例だが、政府機関の中枢はいわゆる勉強のできる馬鹿ぞろいだ。学歴や家格こそ立派だが、頭にあるのは名声欲と支配欲だけ。上級国民気取りで、日本のためになる政策でも自分の利益にならないことはやりたくない。保身が約束されていれば国民が貧乏しようと構わない、ある種のサイコパス集団だ」
そこまで言い切る早百合部長に、俺は盗聴器の心配をしてしまった。
今の発言を、どこかで誰かが聞いていたら大変だぞ、と不安になる。
でも実際、以前見た、サイコパスの多い職業ランキング上位に、政治家がランクインしていた。
情に流される人は支配者たり得ない。大勢を救うために少数を切り捨てられなければ、国を維持できない、というのが理由らしい。
けれど、金田総裁は違う。自分を救うために1億2000万人の全国民を切り捨てようとしている。
それはもはや、人間のすることじゃない。
「奴は人間から外れている」
まるで、俺の心を見透かしたように、早百合部長は重たい声で告げた。
その視線は絶対零度まで冷え込んでいた。
「人は偉くなるほど命を数字でしか見なくなる。チェスや戦略シミュレーションゲームでもやっているような感覚で政治を動かすようになる。それは悲しいかな、世界史が証明している。はっきり言おう、私は奴を許せない」
語調の迫力に、俺は息を呑んだ。
今の早百合部長なら、暗殺計画でも練りそうな雰囲気だった。
「……なら、ここはやっぱり……シサエが……」
「それは駄目だ。政治家たちは金田派閥に弱みを握られている。金田一人が倒れても、息のかかった者が後釜になるだけだ。派閥全員を病院送りにすれば、必ず捜査のメスが入る。何よりも」
早百合部長の手が、優しく詩冴の手に置かれた。
「私は貴君を暗殺者として使いたくない」
「サ、サユリちゃん……」
詩冴は、感動を覚えるように瞳を濡らして、おとなしくなった。
みんなの表情を見れば、彼女たちも早百合部長の人徳に、深く感じ入っているのがわかる。俺だってそうだ。
こういう人にこそ政治家になって欲しい、俺はそんな風にすら思った。
早百合部長は、母性すら感じさせるほどに優しい表情になると、自嘲気味に笑った。
「貴君らが手を汚すことなく、太陽の下を大手を振って歩きつつ、金田派閥を一網打尽にできる、などという都合のいい方法があるなら別だがな……いや、今のは妄想が過ぎたな、忘れてくれ」
——早百合部長……貴女という人は……。
テレポートでは何もできないことに、俺は胸が痛くなるほどの無力感に打ちのめされた。
「こちらが金田総裁の不正帳簿になります」
時が止まった。
コマ送りのように、16個の視線が、真理愛のMR画面に注がれていた。
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本作を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
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達成です。重ねてありがとうございます。
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●嘘のようなレジェンド作家
漫画の神様手塚治虫伝説。
・漫画の地位が極めて低かった少年時代、授業中に描いた漫画を先生に没収されるが、先生たちがその漫画を職員室で回し読みしていた。
・19歳で書いた新宝島がいきなりベストセラー。戦後2年で貧困にあえいでいる時代に食料よりも日本人は無名の未成年が描いたマンガ本を買った。
・鉄腕アトム、ジャングル大帝、リボンの騎士を20代前半で描く。全て大ヒット。
・若すぎる青年巨匠だったので、ナメられないよう年齢を上に3歳サバを読んで、昭和3年生まれなのに大正15年生まれと偽った。
・忙しい時は2徹3徹当たり前、マックス4徹。1日1時間しか寝ない時期もあった。(忙しさは時期によってマチマチです)
・10本前後の作品を連載しながらアニメも描いていた。
・生涯で10万ページ描いて、全集の長さはギネスブックに登録されている。
・一番忙しい時は一か月に締め切りが12回あった。
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本作は第六回カクヨムコンテストの現代ファンタジー部門に参加中です。
本作を書籍化できるよう応援していただけると嬉しいです。
また、本日、本編ではなく、能力解説ページを順次投稿します。
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