第57話 シサエの肺活量検査
8日後の5月31日、木曜日。
最後の授業が終わり、帰りのホームルームが始まると、担任の女性教師は、眼鏡の位置を直して、教卓から俺らを見回した。
「一か月間お疲れさまでした。宿題を除けば、本日で小学校教育の全てが終わりました」
教室に、どっと疲れた息が溢れた。
定期テストが終わった後の、緊張の糸が切れた雰囲気に似ていた。
平然としているのは、桐葉と美稲と真理愛だけだ。
詩冴は机の上で溶けていた。あとで桐葉の蜂蜜をあげよう。
いくら小学校レベルと言えど、とにかく宿題の量も授業の密度も半端じゃなかった。
けれど、どれもやる気さえあれば、絶対に乗り越えられる内容だった。
才能よりもやる気が重視され、努力が結果に結びつくこの一か月を振り返ると、かなり充実していたと言える。
「皆さん、この一か月、よく頑張りましたね」
キャリアウーマンのようにキリッとした表情で、先生は俺らに語り掛けてくる。
「小学校レベルとはいえ、長い間使わず、忘れてしまった範囲、あるいは、小学校時代も理解できないまま、授業が次の単元に進んでしまったものもあったでしょう。できないことをできないままにしたせいで、その後の中学授業につまづき、そのまま勉強そのものに苦手意識ができてしまった人もいるでしょう」
先生の言葉に、何人かの生徒が反応した。
俺も、一部、身に染みて、口の中でくちびるを軽く噛んだ。
「しかし、皆さんは今、小学校6年分の国語、算数、理科をマスターし、1400字の漢字と700の英単語を暗記しました。日本史も、飛鳥時代まではその造詣を深めることに成功したことでしょう」
そこまで言うと、先生は声音を優しく、口角も、わずかに緩めた。
「明日、6月1日からは、中学1年生の勉強が始まります。教科も、古文、地理、公民が増え、理科は化学、物理、生物の三つに分かれ、日本史に世界史が追加されます。英語も、詳しい文法について学ぶようになります。中学1年生の頃、これらの勉強に多くの人が挫折したと思います。ですが安心してください。皆さんはこの一か月で完璧な基礎力を身に着けました。その基礎力があれば、きっと、中学校レベルの勉強にもついていけるでしょう」
先生の話を聞きながら、自然と俺は背筋が伸びていた。
それで気づいた。
自分の中で、勉強に対する姿勢が向上していることに。
小学校レベルの勉強という、一見すると馬鹿らしいプログラムは、きっと、学生の性根をあらためさせるためのものだったんだと思う。
難しい問題を与えられたら、1問も解けずにイライラして投げ出して、勉強嫌いのままだったろう。
でも、解けて当然の、だけど大量の問題を前に、俺は常に頭をフル回転させながら、問題文を読み、ペンを走らせ、問題を解き、得点し続ける【習慣】が身に着いた。
今なら、古文や公民も、とりあえずやってみようかな、という気になる。
「それでは、皆さん、今日の宿題も、必ずやり遂げてくださいね。それから、明日の中学授業を受けてください」
先生のその言葉を聞いて、俺は勉強への決意を新たにした。
必ず上位100人に入って、みんなと同じクラスになる。嫌々ではなく、前向きに、そう思えた。
◆
「みんな、迎えに来たぞ」
その日の仕事終わり。
桐葉と一緒に、警察署から警察班のみんなを総務省へ連れ帰ると、舞恋が疲れた顔をしているのに気づいた。
「いつもありがとう。じゃあ、成果報告してくるから、その後に勉強会だね」
「あぁ……おい舞恋、なんか元気ないけど何かあったか?」
この前、麻弥の一件があったばかりなので、少し心配になる。
「ううん、大丈夫。ただちょっと仕事で疲れちゃっただけだから」
軽く手を振って否定しながら、舞恋は笑みを返してくれた。
「最近、舞恋さんは本当に努力されています。サイコメトリーの数は以前の倍近くまで増やしています。おかげで、私と麻弥さんの仕事の能率も倍増しています」
「どういうことだ?」
真理愛の言い方に、俺は首を傾げた。
「そういえば、ハニーさんには我々の仕事の仕方を説明していませんでしたね。私の念写と、麻弥さんの探知は、ある程度の情報が無ければ機能しません。たとえば、【この事件の犯人の居場所は?】と念じても、何も起こりません。ですが、舞恋さんが事件現場をサイコメトリーして、その情報を私が念写して、顔写真や名前を元に麻弥さんが探知をして、さらにそれを私が念写すると、地図上に犯人の居場所がGPSのようにリアルタイムで表示されるのです」
「チートじゃねえか!」
「はい。同じ方法で、いつでもハニーさんの居場所を特定できるので、浮気をして桐葉さんを悲しませてはいけませんよ」
「いや、しないっていうかトイレとお風呂以外はガチで24時間桐葉と一緒だから」
俺はびしっと指摘した。
「そういえばそうでしたね」
「ボクはお風呂の中も一緒でいいよ」
桐葉が、ぴとりと肩を寄せてきた。
「お、俺に裸見られて恥ずかしがったくせに」
「うん、だからもう平気だよ。だって一度見られているもん」
俺の精一杯の反撃も意味はなく、桐葉はニヤニヤと楽しんでいた。
そんな桐葉がエロかわいくて、俺はたじたじだった。ただし、未来はバラ色だった。
そして真理愛と舞恋と麻弥は肩を組んでひそひそ話をしていた。
「流石に裸を見たことはあるようですね」
「ふたりはえっちな関係なのです」
「ふゃ、でも、付き合っているんだから、普通、だよね?」
「アポートの練習中の事故だよ!」
俺は両手で空手チョップのポーズを取った。
「貴君らはいつも仲が良いな」
いつも通り、タイトな黒スーツに身を包んだ早百合部長が、鷹揚に歩み寄ってきた。
「あ、お疲れ様です、早百合部長」
「うむ、貴君らもご苦労様だったな。それで奥井育雄、勉強の方は順調か?」
「はい、今日で小学校レベルは終わりですけど、問題はありません」
「ほう、基礎力は十分らしいな。重畳重畳。明日から半月で中学一年生、一か月で中学二年生範囲を終わらせ、中間テストの結果を以ってクラスの振り分けを行う。気を抜くなよ奥井ハニー育雄、貴君のイチャラブハーレム学園生活はこの一か月半にかかっているのだ!」
「部長は俺らを何だと思っているんですか!?」
「む? 貴君の側女たちではないのか?」
「何時代の暴君ですか!?」
「バブルの頃は流行ったぞ、愛人文化」
「滅びてください。今すぐに!」
詩冴が鋭い表情になった。
「はっ! ハニーちゃんの愛人になって同棲すればお風呂場でキリハちゃんの爆乳揉み放題拝み放題!? ハニーちゃん、シサエと政略結婚を前提に付き合って欲しいっす!」
「お前日本語バグってんのか!?」
「安心してください! 愛はいりませんから! カラダだけ、キリハちゃんのカラダだけ貸してくれればあとは何もいりませんから!」
「日本語ショートしてんぞ!」
「ボクのおっぱい触りたいならいいよ」
コンマ一秒後、詩冴は桐葉の胸に顔を埋めていた。
そして深く、深く、肺活量検査かと思う程に長く息を吸い込んだ。
その様子に、早百合部長は真摯な顔で俺の肩を叩いた。
「詩冴をもらってやれ、ボランティア精神でな」
「……善処します」
なんていうか、それが詩冴と社会のためだと思った。
詩冴の頭を抱きかかえながら、桐葉が顔を上げて言う。
「そういえば早百合部長、たまにはボクらと一緒にご飯でも食べます? ボクの手料理、振る舞いますよ」
「私はいいが、目上の人間がいると気を遣わないか?」
詩冴が、潜水ならぬ潜乳をやめ、振り返った。
「ふはぁっ……こ、これが巨乳と爆乳の差……あ、サユリちゃん、ハニーちゃんの家の入場料はカラダでいいっすよ、はぁはぁ」
「むしろ気遣うのは早百合部長になると思いますけど?」
「そのようだな。計画の進捗状況も話しておきたいし、今夜は世話になろう」
「お任せ」
気風よく袖をまくりながら、料理担当の桐葉はウィンクをした。
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本作を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
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達成です。重ねてありがとうございました。
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●嘘のような実話11
ガンビアの大統領ジャネは、大統領は賢くあるべき、という謎のプライドでてきとうな薬を作って国民に使い、何人もの国民を副作用で体調不良に追い込んだ。
タレントのボビーオロゴンいわく、ナイジェリアでは友人が馬鹿なことをすると「おいおいお前それじゃあジャネじゃねーか」と言うらしい。
●余談
【テレビゲーム】の生みの親はアメリカ人の【ウィリアム・ヒギンボーサム】。
大砲の弾道計算など、戦争に関する研究ばかりしていたが、人を殺す研究ではなく人を楽しませる研究がしたい、と、弾道計算機械を使って【コンピュータテニスゲーム】を発明した。しかも、【コンピュータゲーム】という特許を取れば億万長者になれたが、
特許を取ったらみんなが自由にテレビゲームを作れなくなるじゃないか、僕はみんなに自由にゲームを作って世界中の人たちに楽しんで欲しいんだ。
と、特許を取らなかった。本気でありがとうございました。
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また、今回でスクール下克上を読むのを辞める、という方がいる場合、辞める理由をコメントしてくれると助かります。
つまらない作品に時間と労力を使うのは嫌だと思うので、無理にとは言いません。
あくまでも善意とボランティア精神でお願いします。
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