第206話 早百合ちゃん 異能大臣に出世する
「ふむ、生徒会長立候補者は貴美美方と琴石糸恋の二名か」
放課後。
俺らいつもメンバーに、今日は貴美姉弟と2組の琴石糸恋、それに滑川鳴芽子が、異能省の事務次官執務室へと勢ぞろいしていた。
理由は美稲のことと、生徒会長選挙のことだ。
本革製の高級チェアに深く腰を下ろした美女が、机越しに鋭い視線でこちらを見据えてくる。
黒髪ロングヘアーの美しい彼女は異能省のトップ、龍崎早百合事務次官だ。
生まれる時代が違えば、天下の覇道を唱えていそうな勇ましい表情で、彼女は喉を鳴らした。
「私の想定通りだな」
「え? 候補者は二人しかいないことがですか?」
俺としては、生徒会長職の不人気ぶりに、むしろ驚いていた。
「いや、候補者が一年生のみ、ということがだよ」
早百合次官はいつもの凛々しい声で、滔々と説明し始めた。
「奥井ハニー育雄の活躍で学園内は一言で言うなら『一年生SUGEEE』状態だ。二年生と三年生は野心がない、というよりも、貴君らこそが生徒会長に相応しいと思っているのだろう」
言われてみれば、だ。
自分で言うと恥ずかしいけど、俺らはスターだ。
俺、真理愛、美稲、詩冴は四天王なんて呼ばれているし、桐葉と貴美姉弟は国内最高峰の戦闘系能力者だ。
「察したようだな。学園内に押しも押されもしないビッグネームが揃っているのに、自分が生徒会長に、なんて立候補しても恥をかくだけ。誰もがそう思っているのだろう」
――つまり、琴石は鋼メンタルってことかな?
「みんなだらしないなぁ。ウチは桐葉やハニーが立候補しても出馬させてもらいますわ!」
長い銀髪をかきあげ、琴石が腰に手を当て仁王立ちすると、隣の滑川がちっちゃく拍手をした。
「うむ、それぐらいの気概がなければ生徒会長は務まらんだろう」
早百合次官は満足げだ。
「というか、実際自分らは出馬せぇへんの?」
琴石は、ちょっと期待に膨らんだ声で、俺らに目配せをしてきた。
「おいおい、俺はトップの器か?」
「ボクはハニーと一緒に過ごす時間が減るから興味ないよ」
桐葉の言葉に同意するように、美稲、詩冴、真理愛、舞恋、朝弥、茉美が頷いた。
「あら残念やわ」
と言いながら、琴石は桐葉と俺に熱めの視線を送ってきた。
――今のはどういう意味ですか?
もしかすると、桐葉と生徒会選挙で争いたかったのかもしれない。
桐葉をライバル視している琴石ならあり得る。
「それにしても早百合次官、生徒会長と副会長が理事会に出席できるなんて仕組み、よく通りましたな?」
琴石の視線が映ると、早百合次官は快活に笑った。
「これでも異能大臣に内定しているからな。それぐらいの権限はあるさ」
「「「「大臣!?」」」」
と、俺と詩冴と美方と琴石の声が重なった。
「うむ。総務省異能部だった頃ならともかく、今や我らは異能【省】だ。大臣は必要だろう。そこで、初代異能大臣は事務次官である私が兼任することになった」
「いや、政治家でもない次官が大臣とかなれるんですか?」
俺の疑問に、桐葉が冷静に教えてくれた。
「大丈夫だよハニー。大臣の就任条件は、総理大臣に選ばれることだけ。極論、総理大臣に選ばれたらボクやハニーでも大臣になれるんだよ」
「え? そうなのか?」
てっきり、国会議員が出世して大臣になるんだと思っていた。
国会議員→大臣→総理大臣
みたいな。
「針霧桐葉の言う通りだ。実際には、大臣の半分は国会議員でないといけないし、事務次官職との兼任は異例だ。しかし、異能関連について一番理解しているのは私だ。なおかつ総理にはオトモダチ人事で日本を経済破綻させた前科がある。支持率維持のためには、私を大臣に据えるのが都合がよかったのだろう」
早百合次官は、まるで他人事のように淡々と語る。
24歳で官僚の部長、局長、事務次官、そして大臣。
古今未曽有の出世に、だけど少しも浮かれていない様子に、泰然自若としたオトナの風格を感じてしまう。
――やっぱり、早百合さんて凄いんだな。
「次は総理大臣ですから早百合次官、いや、早百合大臣?」
俺が冗談めかして言うと、早百合大臣も微笑を返してくれた。
「大臣はよしてくれ。調子にノッしまうではないか」
――本当に、なんて立派な人だろう。尊敬してしまう。
「四捨五入すれば貴君らとはタメなのだ。ここは気軽に、早百合ちゃんと呼んでくれてもいいぞ?」
「そんなことよりも美稲のことなんですが」
「貴君のそういうところに私は愛憎うずまくぞ」
にやりと悪い笑みを見せるも、コンマ一秒、早百合大臣の眉が下がったのを、俺は見逃さなかった。
可哀そうなので、せめて心の中では早百合さんと呼んであげよう。
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