第120話 エロ魔王にはジャーマンスープレックス!
「え、でもハニーくん、いくらなんでも考え過ぎじゃないかな? いまどき差別なんて、逆にそっちが問題になっちゃうよ」
舞恋の言う通り、2020年代以降、世界は徹底した差別撤廃に流れている。
リベラリズムやポリティカルコレクト、LGBTなどの問題が盛んに取り上げられ、性別、人種、民族、宗教、外見、他、ありとあらゆる理由にかかわらず、差別という差別そのものが否定された。
だけど。
「それを覆すのが差別問題だ。平等の理念は、古今東西を問わず存在していた。だけど世界では平然と差別が横行していた。理由は単純、正当化してきたからだ」
この手の話は、多くの解説動画を見て知っている。
普通の人は興味のない話だろう。
だけど、小中学校時代いじめられっ子だった俺がそうしたタイトル動画に惹かれるのは、自然なことだった。
「欧米では何百年も前から人種平等の理念があったのに黒人やアジア人を奴隷にしていた。建前は時代と地域によって変わるけど、
人間とは我々欧米人だけで有色人種は含めない。
有色人種は元から使われる側として生まれているからこれが適切な扱い。
聖書の罪人カインは南に移住した。だから南にあるアフリカ大陸に住む人は罪人の息子だから奴隷にしてもいい。
アジア人のお尻にある蒙古斑は猿の名残でアジア人がサルに近い証拠。
野蛮人を文明人である欧米人の奴隷にすることで文明を教えてやっているからこれは教育の一環だ。
こうした理由付けをして、奴隷を正当化してきた。差別ではなく区別、適切な対処。そう言えば合法的に差別できる」
俺の話に、舞恋は身震いをするように青ざめた。
「でも、ハニーくんたちって、日本を救ったんだよね? ヒーロー扱いはあっても悪くなんて言われないんじゃないかな?」
「逆だ。民族至上主義は弱い立場の時にこそ始まる。俺らの活躍で【超能力者SUGEE】になれば、多くの非超能力者は劣等感を持つ。そうなると自身のプライドを守るために『確かに超能力者は凄いけど危険な存在で要注意人物。自分たち非超能力者こそ知的で平和的な文明人』ていう風に思いたがるもんだ」
舞恋がしょんぼりとうつくむいて、俺はちょっと反省した。
「悪い、俺、意地悪だったよな。今のはあくまでも最悪のケースだ。必ずそうなるわけじゃない。このまま俺らがスター扱いされて、廃絶主義はすぐ下火なる可能性だってもちろんある」
無闇に不安をあおるのは良くない。
それでも、どうしても俺は言っておきたかった。
「だけど、いつだってきっかけは些細なもんだ。ひとつの殺人事件が何万人も死ぬ民族紛争に発展したり、たった一冊の捏造本が世界中を巻き込む人権問題に発展したり。大山鳴動して鼠一匹ってことわざがあるけど、その逆で鼠一匹で大山鳴動ってとこかな」
不安をあおり過ぎた俺は、みんなを安心させるように、声に力を込めた。
「話が長くて悪い。だけど、俺は同じ超能力者の為にも、大事になる前に対処したい。これからも異能局で活動するなら、俺らは世間の人たちに不安を与えないようにすべきだと思う。それが、ここにいるみんなの、いや、異能学園の全生徒の将来にも繋がるはずだ」
最後の言葉で、みんなの顔色が変わった。
戦闘系能力者に限らず、ここにいるみんなの能力は悪用できてしまう。
美稲の【リビルディング】なら、こっそりと建物を破壊できるだろう。
詩冴の【オペレーション】なら、動物に人を襲わせることもできるだろう。
舞恋の【サイコメトリー】なら、個人情報を盗むこともできるだろう。
真理愛の【念写】なら、盗撮動画を動画サイトに投稿できるだろう。
茉美の【ヒーリング】なら、傷害暴力事件の証拠を隠滅できるだろう。
もちろん、俺の【アポート】なら、あらゆる物を盗めるだろう。
廃絶主義を楽観的に放置して、超能力者イコール危険な存在という風潮が世界中に広がったら、取り返しがつかない。
一度広がった風潮の火消しには、半世紀以上はかかるだろう。
「私はハニー君に賛成だな」
美稲が真剣な声で、みんなに語り掛けた。
「国民性が親子供に受け継がれるみたいに、一度その国に根付いた価値観を覆すことは簡単じゃない。今ここで確実に世論の流れを変えないと、いつか今日この日を後悔することになると思う」
「私もハニーさんに賛成です。0と1の差は大きいですが、1が5や10になるのは簡単です。戦闘系能力者差別の先にあるのは、我々超能力者そのものへの迫害です」
真理愛に続いて、茉美も賛成を表明した。
「あたしも賛成だわね。坂東や伊集院のバカみたいに超能力者が特別だなんて思わないけど、危険視されるのもまっぴらだわ。でも実際のところどうするのよ? 戦闘系能力者のイメージアップなんて、あたしには想像もできないわよ?」
「それなんだよなぁ……」
散々偉そうなことを言って、無策な自分が恥ずかしかった。
けれど、特定のグループのイメージアップなんて、そう簡単じゃない。
だからこそ、人類は平等な社会の実現に数千年もかかったのだから。
「戦闘系能力者がフォーカスされないのは活躍している奴がいないからだ。で、なんで活躍していないかって言ったら、早百合局長の言う通り、実際の戦闘系能力者は役に立たないから、だったな」
「みんながボクみたいにハチミツやローヤルゼリー作れるわけじゃないからね」
言って、指先から滴らせたハチミツをシークワーサージュースの中に落とした。
「現実はアニメみたいにいかないんすねぇ」
左右の拳を額にぐりぐりと押し当てながら、詩冴が苦悩した。
そりゃあそうだ。
バトルアニメの主人公は、とにかく目の前の敵を能力でぶっ飛ばせばいい。
だけど、実際には戦争でもなければそんなわかりやすい悪役なんていない。
犯罪者は狡猾で、逮捕に必要なのは戦闘力ではなく真理愛のような捜査能力だ。
仮に銀行強盗、テロリストみたいな輩が相手でも、市民の安全を配慮しなければならないし、警察との連携も大事だ。
戦闘系能力者のヒーロー化は、難しいだろう。
みんなで頭を悩ませるも、すぐにはいい案は出なかった。
すると、桐葉が嬉しそうに息を吐いた。
「みんなありがと。でも、今日は解散しよっか。明日、早百合局長に相談すればいいよ」
「けど」
俺が反論しようとすると、桐葉細い指先を俺のくちびるに当てて、口を押えてきた。
「ハニーの気持ちは嬉しいよ。でも、ボクらまだ高校生だよ。なんでもかんでも自分たちでやろうとしないで、たまには大人に頼ろうよ。生きていくには仲間が必要って、ハニーが教えてくれたんだよ」
桐葉に教えられて、自分でも驚いた。
さっき俺は、学園のみんなのために、なんて、らしくもないことを言っていた。
自称ソロ充のボッチが、変われば変わるものだ。
でも、それは桐葉も同じだ。
彼女も、出会ったばかりの頃は友達なんていらないと言っていたのに、逆に俺に頼ることの必要性を説いてきた。
彼女の成長がたまらなく嬉しくて、俺は満たされた気分になる。
みんなも同じ気持ちなんだろう。
和やかな空気が流れた。
その空気の中、詩冴は流れるような動きで茉美の背後に回り込み、胸を揉んでいた。
「はっ!? マツミちゃんが消えた!? そしておへそから持っていかれるこの感覚はぁあああ!?」
「ジャーマンスープレーックス!」
「にぎゃああああああっす!」
茉美が見事な綺麗なアーチを描いた逆えびぞりから起き上がると、詩冴は手足を床に放り出して白目を剥いた。
「わ、わが生涯に、一片の悔いありっ……す」
麻弥がしゃがみこんで、詩冴のほおを指でつんつんする。ギャグマンガみたいな光景だ。
いっそ、詩冴の日常を動画配信したらいいじゃないか? コメディアン路線だ。
けれど次の瞬間。
茉美のプロレス技に、俺は閃くモノがあった。
「そうだ、プロレスだ!」
『え?』
「別に本物の悪党退治をしなくたって、能力者同士で戦えばいいんだよ。プロレスみたいなエンタメバトルをするんだ」
俺の提案に、桐葉が表情を明るくした。
「そっか、興行なら警察や自衛隊みたいに複雑な訓練は必要ないんだ」
「ケガ人はあたしみたいな回復系能力者がいればすぐ治せるしいいんじゃない?」
美稲も口元を撫でながら、感心した。
「うん、いいんじゃないそれ。成功すれば戦闘系能力者の人たちのいい働き口になるし、生徒同士の格差もなくなるよ」
みんなも乗り気になり、なんだか自身が持ててきた。
「よし、じゃあ明日、早百合局長に相談しよう!」
かくして、俺らの能力者イメージアップ作戦は始まったのだった。
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肉体強度を上げないと厳しくないか、という読者様からの指摘を貰いました。
現実の人間は頭の打ちどころが悪ければ畳の上で滑って転んでも死んでしまいます。
けど異能バトルモノって、肉体強化能力持っていないキャラまで、現実ならこれ死んでいるよねって攻撃でも何故か「うぅ、凄い威力だ」と口元の血をぬぐっておしまい、な不思議ワールドなので、ご容赦を。
一応、本作では茉美を含め、ヒーラーが医療スタッフとして待機している、ということでここはひとつ納得していただければ助かります。(即死ならどうすんのって話ですが……)
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本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
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達成です。重ねてありがとうございます。
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