第121話 不当な規制

 翌日。


 俺らは総務省に出勤していた。


 夏休み期間ではあるものの、日本再生プロジェクトの中核を担う俺らには、数時間の出勤が求められているのだ。


 仕事は昼前に終わったが、俺らはそろって、早百合局長の執務室に集まり、昨日の話を打診していた。



「なるほど。話はわかった。能力者廃絶主義者には、私も頭を痛めていたところだ。これは、超能力社会を成立させる、よい起爆剤になるかもしれん」


 執務机越しに、早百合局長は真摯的な口調で自分の考えを吐露した。


「世界中で超能力者が生まれ始めたのは18年前。超能力者は子供に限られる。だが今後、世界人口の1パーセントが超能力者という時代が訪れるだろう。今から対策を打たねば、あらたな人種差別問題を生むのは必然だ」


 早百合局長が乗り気で、俺はほっとした。


「じゃあ、協力してくれるんですね?」

「私はな。だが、政府が協力してくれるかはわからん」


 何か違うのかと俺が首をひねると、早百合局長は机に肘をついて、重心を前に傾けた。


「ダイヤモンド半導体の功績で異能局は異能庁に、私は庁の長である【事務次官】に格上げとなった」

「おめでとうございます! 凄いじゃないですか!」


 だが、早百合次官は少しも嬉しそうじゃない。


「あくまで内峰美稲と貴君らのおかげだ。それに悲しいが、所詮私は総務省の中の一機関である異能庁の【次官】に過ぎん。興行を打つための金、人材、人脈、場所の確保をする権限はない。異能学園の設立に文部科学省の協力が必要だったように、今度は経済産業省の協力が必要だろう」


「なら、すぐに経済産業大臣にこの話を通してください」

「説得材料が足りん」


 悔しそうに低く唸った早百合次官は、体重を背もたれに預け、椅子をギシリと鳴らした。


「日本という国はとにかく政権の腰が重く対応は常に後手後手。問題が起こり収集がつかなくなってから申し訳程度に動いてお茶を濁すだけだ。政治家が見ているのは国民ではなく支持率と選挙の得票数だけだ」


 政府の頼りなさに、俺は情けなくて頭をかきむしった。


 言葉を学べばその国の風土が見えてくる。


 そして日本では、時間と労力ばかりかかって効果がないことを【お役所仕事】と言う。つまりはそういうことだ。


「じゃあなんですか? 政府は桐葉たち戦闘系能力者が一般人に襲われる傷害事件でも起きない限り動かないってことですか?」


「アホらしいことにそういうことだ。戦闘系能力者の立ち入り制限は、安全保障上の問題という建前がある。まだ深刻な差別問題が起きていないのに動くことを、連中はよしとすまい。それどころか、戦闘系能力者を増長させてしまうと、動かずに済む都合の良い解釈を並べ立てるだろう。人は現実よりも手前勝手な妄想を好むからな」


 それは、俺も多くの近代事件の解説動画を視聴して知っている。



 とある冬に新型ウィルスが流行した時、政府は気温が上がれば収束すると根拠なく楽観視して対策を打たず、大規模なパンデミックを引き起こした。



 娯楽コンテンツの表現規制をしたい人たちは、暴力表現と性表現は人の犯罪性を助長させるという嘘を声高に叫び業界を衰退させたが、実際には犯罪性を鎮静化する効果があることがわかっている。

 


 ただ、文句を言っても始まらない。

 とにかく、経済産業省を動かさないと、桐葉の未来に不安を残してしまう。

 当事者である桐葉が、探偵が推理をするようにあごをひとなでした。


「問題が起きないと経済産業省は動かない。問題が起きていたらいい。でもいま起きている立ち入り規制は問題にカウントしない。他に何か問題があれば……」


 桐葉の言葉がヒントになり、俺は思い出した。

 ――そういえば、伊集院が転校してきたあと、学校のみんなが言っていたな。


「超能力者同士の格差問題」


 視線が一斉に集まった。


「夏休み前、同じ学校の生徒から言われたんです。四天王は羨ましいって。でも、あんまり自覚がなかったけどそうですよね。同じ超能力者でも、俺らは四天王なんて呼ばれてスター扱いで、億単位の給料を貰っている。なのに他の、特に戦闘系能力者の多くは、仕事すら貰っていないんですから」


 日本再生プロジェクトにかかわっている生徒は、基本給と能力手当を貰っている。


 その額は高校生にしては破格で、みんな、かなり裕福な生活を送っている。


 夏休み前も、旅行の話をしていた。


 一方で、プロジェクトに参加すらしていない生徒の報酬はゼロ円。これまでと変わらない生活だ。


 必然、生徒同士でも不和が生まれるだろう。


「無職が原因で生まれる経済力格差、これは問題です。経済産業省が駄目なら、厚生労働省でも構いません。それに、職を与えるのはそれこそ治安維持にも繋がります。これでは理由になりませんか?」


 俺の理路整然とした説明に、早百合次官は苦しい顔をした。


「当然、俺も全面的に協力します。世間のつけた四天王というネームバリューを利用するんです」

「それは、宣伝PVに出てもいいという事か?」

「はいっ」


 続けて、美稲、詩冴、真理愛、桐葉も名乗り上げた。


「もちろん、同じ四天王の私も協力しますよ」

「シサエも頑張るっす♪」

「ハニーさんと桐葉さんの助けになるなら、無制限に念写致します」

「ボクは当事者だからね。労力は惜しまないよ」

「救護班はあたしが担当するわ。必要なら選手もね」


 茉美が拳を構えて表明すると、麻弥と舞恋も一歩前に出た。


「わたしもがんばるのです」

「サイコメトリーが役に立つかわからないけど、役に立てることがあれば」


 俺ら8人の熱意に負けたのか、早百合次官は目を見張った。


「わかった。ではその線で総務省と経済産業省に打診しよう、それで無理なら、厚生労働省にもかけあう……だがいいのか?」


 眉間にしわを寄せ、早百合次官は怪訝そうな顔で声を濁した。


「前にも言ったが、高校生の夏は三回あるのではない。高校一年生の夏は一度しかないのだ。ただでさえ貴君らは総務省への出勤が求められる立場だ。さらに仕事を増やせば、それだけで夏が終わってしまうぞ。一生に一度の青春を、他人のために使っていいのか?」


「構いません」


 俺は即答した。


「差別問題は初動が大事なんです。一度広がった価値観を払拭するには半世紀位以上かかります。廃絶主義者たちが力を持つ前に、俺たちで先手を打つんです。俺は、能力を理由に差別される社会なんて嫌なんです。そんな社会を、未来の子供に見せたくない」


「ハニー」

「ハニーさん」


 俺の左右に立つ桐葉と真理愛がほんのりと頬を染めると、早百合次官が何かを察した顔をした。


「ほう、青春だな」


 他人から言われると、ちょっと恥ずかしかった。


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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー11567人 303万5879PV ♥43978 ★5707

 達成です。重ねてありがとうございます。

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