第223話 ATM土下座国家

 その日の仕事終わり。

 俺らはいつものメンバーで早百合さんの執務室に残り会議の結果を聞いた。


「それで早百合大臣。モニタリング会議の結果はどうなったんですか?」


 前のめりに尋ねる俺に、早百合さんはじらすことなく、単刀直入に即答してくれた。


「五分五分だ。意外にな。まぁ座れ」


 早百合さんに促されて、俺らは執務机の前方にあるテーブルを挟む長ソファに腰を下ろした。

 ゆっくりと話すためだろう。早百合さんも執務机を離れて、俺らを見渡せる位置にある個人ソファに座り、背筋を伸ばした。


「まず、今日の会議では参加国の約三分の一が法案に賛成した」


 数だけ聞くとかなりのものだが、OUの影響力を考えると、少なく感じる。


「他の国は立場をはっきりとはさせていない。が、OUに傾いている国、日和見をしている国、できればOUに反対したい国などの割合を総合的に判断すると、五分五分と判断してもいいだろう。無論、一気にOUへ流れる可能性もあるがな」

「嬉しい誤算ですけど、理由は何でしょうか? やはり、半導体ですか?」


 早百合さんは小さく頷いた。


「私はそう睨んでいる。OUの影響力を考えれば、法案は高い確率で採択されるだろう。どうせ採択されるなら、自分は日本を支援したという既成事実を作り、ダイヤモンド半導体を輸出してもらおう。そんな考えがあるのかもしれない」


 なるほど。

 と俺は納得した。

 どうせ法案は採択される。


 だが、同じ採択されるのでも、OUに賛成すれば日本からの心証が悪くなる。

けど、反対すれば日本の機嫌を取れる。


 どうせ自国が賛成しなくても、他の国が賛成して法案は採択される。


 なら、ダイヤモンド半導体獲得のことを考え、反対派に回ってもおかしくはない。


「それだけ、6Gは魅力的ということだ。専門家の間でも、6Gが導入すれば世界が変わると言われている。数億台のドローンや自動タクシーの完全制御。五感情報通信。電脳世界。通信の安全性やハッキング能力も、天地の差だ」


 まるでSF映画のような世界に、俺は一瞬眩暈を覚えた。

 みんなの顔に驚嘆や疑念の色が現れると、早百合さんはいっそう表情を引き締めて、厳格な態度を取った。


「かつて、世界が東西に分かれて冷戦状態になったように、今後、世界は進んだ6G社会と遅れた5G社会に分かれるという意見もある。経済活動と情報戦はもとより、6Gを軍事利用すれば、その力は計り知れないだろう」


 そこで、ようやく桐葉が口を開いた。


「なるほど。少なくとも、日本が世界最初の6G大国になるのは決まりだ。日本は、OUに支配されたこの世界を打破できる可能性を持った唯一の希望、ていうことだね」


 戦場の地図を見下ろす熟練の指揮官のように冷淡な、だけど隙のない言葉に、早百合さんも同意した。


「針霧桐葉の言う通りだ。他国がダイヤモンド半導体を作ろうとすれば、コストは日本の1000倍はかかるだろう。多方面の情報をまとめると、このまま日本を支援して日本に世界の覇権を握ってもらい、日本の同盟国としての地位を確立した方が自国の利益になる、と考える者も少なくない」


 およそ健全な高校生には無縁な、世界の覇権を巡る話に、桐葉は皮肉をたっぷりを利かせて獰猛な歯を見せた。


「はんっ、バカにされたもんだね」

「え? 信頼されているんじゃないの?」


 舞恋が不思議そうに首を傾げると、桐葉は苦笑を漏らした。


「覇権を握らせるなら帝国主義の独裁国家よりも、事なかれ主義で土下座外交しかできない世界のATM国家に握らせていたほうがおいしいに決まっているだろ?」

「うれしくないなぁ……」


 がっくりと肩を落とす舞恋の頭を、麻弥と真理愛がなでて慰めた。


「針霧桐葉の言う通りだ。しかし、理由はどうあれチャンスはチャンスだ」


 早百合さんは厳格な表情崩さず、説明を再開した。


「5Gの通信規格が導入されてから20年。6Gの導入が進まなかったのは、AR、MR社会になるまでは4Gでも十分だったなど様々な理由がある。だが、一番の理由はダイヤモンド半導体を低コストで大量生産することができなかったからだ」


 早百合さんの視線が、鋭く美稲を捉えた。


「内峰美稲がその壁を突破した今、世界は6G争奪戦に入るだろう」


 美稲の規格外ぶりに唖然として、思わず息を呑んでしまった。


「今更だけど、美稲ってすげぇな」

「一人でエネルギー問題を解決したハニー君もたいがいだけどね。ていうか、日本中の埋蔵量が少なくて採算が取れない鉱山の地下から貴金属だけ炉の中にアポートしたら、私と同じことができそうだよね?」

「言われてみればそれもそうだな。奥井ハニー育雄、海水から貴金属原子だけをアポートすることは可能か?」

「いや、流石に原子レベルのアポートは無理ですよ。あ、舞恋、サイコメトリーで確認してくれ」

「ふゃっ? う、うん」


 麻弥と真理愛に慰められ終わった舞恋に手を差し出しながら、俺は頬をかいた。


「それを言ったら美稲だって採算の取れない鉱山そのものを分解再構築すれば、鉱脈の貴金属だけを取り出せるだろ? やっぱり美稲はすげぇよ」

「ふふ。ありがとう」


 そこで舞恋の顔色が変わった。


「うそ、何年か練習したら原子レベルのアポートも可能みたいだよ」

「貴君のテレポートは底無しだな!」

「すごいよハニー!」

「ハニーちゃんマジでハンパないっす♪」

「おいおいおい、まだ使えないから期待するなプレッシャーだろ」


 テレポートに目覚めてからだけど、ずっと自覚のない内容で褒められ続けている気がする俺だった。

―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―

 次回以降は、

第224話 お待たせハニー♪ ナイトウェア選びにてまどっちゃった♪

第225話 ちゅっ

 の予定です。

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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー17702人 630万4658PV ♥97129 ★7441

 達成です。重ねてありがとうございます。

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