第44話 新プログラム


 担任の先生は、髪を後ろでお団子にして、眼鏡をかけた、知的な感じの女性だった。

 彼女は教卓に着くと、事務的に話を進めた。


「皆さん、入学おめでとうございます。これから三年間、皆さんはこの学園で学ぶことになります。皆さんもご存じの通り、この国立異能学園は、超能力を持つ子供だけが通える新設校になります」


 詩冴が手を挙げた。

「はいっす。超能力者が通うのにどうして超能力学園じゃないんすか?」

「超能力学園というネーミングは語呂が悪いのと胡散臭いという意見が出たからです」


 ――総務省の異能部と同じか……。


 名前って大事だなぁ、と思い知らされた。


「しかし、学ぶとは言っても、皆さんの学力には大きな開きがあります。超能力者は全員合格なので、学力にバラつきがあるのです。ちなみに、【全学試】の結果ですが、上は1位から下は28万位までいます」


 1位がこの学園にいるという事実に、教室は騒然とした。


 全学試とは、全国学力試験の略称だ。

 文部省が行っている、学年別の学力調査試験で、小学生から高校生まで、全ての生徒が受けることを義務付けられている。


 その1位とは、全国30万人の高校一年生の頂点に君臨する秀才、ということだ。


 きっと、俺なんかでは及びもつかない、宇宙人のような頭脳の持ち主なのだろう。


「このままでは公平な授業レベルを設定できないため、皆さんにはとあるプログラムを受けてもらいます」


 ――プログラム?


 みんな、隣近所と顔を見合わせたり、首を傾げた。


「この学園は史上初、能力者だけを集めた新設校だけあり、様々なモデルケースとなる試験校としての側面もあります」


 ――俺らはモルモットかよ。


「俺らはモルモットかよと思ったかもしれませんが」


 ――先生は読心術者か!?


 能力者の誕生は18年前なのであり得ないが、一瞬、そう思ってしまった。


「これも皆さんのためです。それとも、ブラック校則塗れで旧態依然とした学校のほうが良かったですか?」


 30個以上の頭が同時に振られる光景を、俺は初めて見た。俺だって嫌だ。


「ですよね。単刀直入に言うと、皆さんには小学一年生からやり直してもらいます」


 ――は?


「そして一学期中に中学二年生レベル、二学期中に中学校三年生レベルの学力を身に着けてもらいます。また、学習のやり方も多少変わっています」


 俺らが戸惑う間に、先生は俺ら全員の目の前にMR画面を開いた。


 現代では、どこの学校でも、校内にいる間は、生徒のデバイスは強制的に学校のローカルネットワークに接続させられる。


 なので、こうして学校側の連絡や授業のデータを、強制的に展開できる。


 俺らに、授業のカリキュラムを見せながら、先生は滔々と説明を始めた。


「国語学習は読む以上に書かせます。そして徹底的に添削する。従来の方法では読む力はついても書く力がつきません。また、教材は現代文学はそのままにしますが、明治大正の文豪の作品は削り、契約書など、社会に出てから使うモノをメインにします」


 確かに、昭和平成の作品はともかく、言葉遣いからして違う明治の小説を読むのは、意味が薄い気がする。


「また、漢字は成り立ちの歴史を教えます。人はエピソードが絡むと覚えやすいので。それから画数の少ないモノ、漢字の材料になる漢字から優先します。例えば総合の【総】は糸、公、心が合わさっているでしょう」


 言われてみると、画数が多い漢字は目にしただけで拒否反応が出る。けれど、よく観察すると、簡単な漢字の組み合わせでしかない。


「数学はとにかく基礎力です。掛け算の九九のように数をこなせば脊髄反射で答えが出るようになります。数学が解らない人は基礎をやらず次の章に入るから呪文に聞こえるのです」


 前にニュースで見た内容を思い出す。


 実は、分数や小数点の意味がわからないまま、中学に進学してしまう人がそこそこいるらしい。数学が嫌いな人は、そういう人なのかもしれない。


「歴史だけは小学校レベルではなく、三年間かけて、じっくり教えます。ただし、縄文時代から徹底的に、順を追って教えます。歴史は物語、過去があって未来があります。従来の歴史学習の過ちは、途中の時代を飛ばすことです」


 それは凄くわかる。

 小学校も、中学校もそうだった。


 江戸時代が終わったら、明治大正を飛ばしていきなり昭和に入った。そして唐突になんでそういう時代になったのかもわからないまま説明された。


 言ってみれば、連載20年の長編漫画の、第二部を飛ばして一部と三部だけを読ませるようなものだろう。わからなくて当然だ。


「あと英語ですが、これは学習方法というよりも意識の問題ですね。英語ができる人は皆、英語を【方言】として捉えています」


 ――方言? どういうことだ?


「では皆さん、自分の手を見てください」


 右手を挙げて、自分の手を視界に入れて見る。


「皆さんは手と言われたらソレを想像します。しかし、ハンドと言われてもソレを想像しますよね? それはハンドを手の方言だと認識しているからです。短文でも、『ヘイパス』『カモン』『グッドラック』『クラップユアハンズ』など和訳しなくても意味が通じる英語があります。しかし英語のできない人は英語を日本語に翻訳してから意味を認識します。なので脳に負担がかかり、そもそも言語として認識していないため、いちいち数式を解くように考える必要が出ます」


 ――うーん、これはどうだろう。言われればわかるけど、でもやっぱり、英語を方言と思うには無理があるだろう。


 英語については、ちょっと難しそうだ。


 その後も、先生は各教科の勉強方法、意識の変え方について教えていった。



「説明は以上になります。とは言っても、流石に皆さん、小学校一年二年生レベルのことは復習するまでもないと思います。1+1を真面目にやろうとは思いません。なので宿題を出します。一年生レベルの勉強は本日入学式、そして二年生レベルの勉強は明日、明後日の土日に終わらせてください。来週月曜日から、小学校【三年生レベル】の勉強を始めましょう。ただし、それも三日で終わらせます」


 ――三日?


 小学三年生の勉強なんて簡単だ。

 けれど、一年分の学習を三日で終わらせられるのか? 難易度ではなく、時間と量が心配だった。


「では、宿題のファイルを送ります」


 視界の右下に、受信ランプが光った。ファイルを開くと、中には各教科ごとの宿題データが入っている。


「算数は四則演算問題1000問、漢字は常用漢字の中から画数が少ないもの、漢字の材料になるもの600字それぞれの例文作成などです」


 ――1000問!?


 流石に驚く数字で、反射的に顔を上げてしまった。


「算数は一問3秒で解けば3000秒、一時間もかかりません。ですが脊髄反射レベルの計算力が身に着きます。漢字も、文章を想像する力が一気につきます。言っておきますが、忘れました、は無しです。何せこれは小学校一年生二年生レベルの問題なのですから。必要なのはやる気だけです。では、本日のホームルームはこれで終了とします。皆さん、また、三日後にお会いしましょう」


 先生は、眼鏡の奥で半月を作った。


 初めて見せた笑みは、ちょっと意味深だった。


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 本作を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー7627人 

 829000万PV 

 ♥13700 

 ★2990

 達成です。

 80万PVを越えて嬉しいです。100万PV近づいてきましたね。

 また、昨日は3万5696回PVで最高記録を達成しました。


 このまま第6回カクヨムWebコンテスト現代ファンタジー部門で受賞して、書籍化して、エロハーレム展開を増量してイラスト付きで皆様にお届け、おや?発禁仮面の足音がするぞ?


(発禁仮面:鏡銀鉢が不適切な発言をすると現れる健全ヒーロー。主にコメント返しの場に現れるが本日、あとがきに出張してきた)

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