第4話 ボッチの俺に需要はあったけど、ボス猿のあいつに需要は無かった


「まず、現状、日本は輸入がほぼ不可能になった」

「それって、日本が財政破綻して超絶円安になったからっすか?」


 ―—そして詩冴はまだ質問を続けるんだな……。


 説明会というか、ほとんど討論会である。


「そうだ。日本は財政破綻したのだ。そんな国の金や株など誰もいらん。今、世界中の国が日本円と日本企業の株を売りに出している。日本円の価値は10分の1以下だ。つまり、1ドルの商品を110円で輸入できていたのに、今は1100円以上払わないと輸入できないということだ」


「でも日本て確か、めっちゃ輸入に頼っていませんでしたっけ?」


「うむ、今、日本企業は何も輸入できず、輸入産業は年内にその大半が倒産予定だ。 彼らが輸入していた商品を、政府で用意して政府から買える体制を整えなければ、日本は失業者で溢れかえる。つまり、貴君らの親だ!」


 力を込めた最後の言葉で、生徒たちに不安が走り、講堂はどよめいた。


 うちの父さんが務めているのは輸出系企業だけど、少し不安になってきた。


 日本に失業者が増えれば不況が加速して、そのあおりを受けるかもしれない。


「というわけで、ホームレス高校生になりたくなければ死に物狂いで頑張ってくれ。だが、日本は毎年80兆円以上の商品を輸入していた。企業が商品を政府から買えば、今まで海外へ流出していた金銭は国内を巡るようになり、なおかつ政府も稼げる。その金を足りない予算に充てれば問題は解決だ」


 言われてみれば、輸入するってことは、海外にお金を払ってモノを買うわけで、それだけ日本国内の金銭総額が減るって事だよな。


 輸入量が減れば、国内が潤うのは、なんとなくわかる。


「そして、日本の主な輸入品目は以下の通りだ!」


 早百合部長が手元の空間をタップすると、彼女の頭上に巨大なMR画面が展開された。そこに、日本の輸入品目と金額が表示される。



鉱物性燃料:石油9兆円 原粗油7・3兆 ガス5兆円 石炭4兆

原料品  :金属資源4兆円

食料   :農産物(畜産含む)5・8兆 水産物2・7兆 林産物1・2兆円 

その他  :衣類3兆 

輸送用機器:自動車1・4兆 

電気機器 :通信機3・1兆 半導体等電子部品2・8兆 音響映像機器1・2兆 

科学光学機器1・8兆

一般機械 :電算機類2兆 原動機1・3兆 

化学製品 :医薬品2・7兆 有機化合物1・8兆



「このうち、機械類と化学製品は国産でなんとかなる。むしろ国産品需要が伸びて、業界は潤うだろう。だが、【鉱物性燃料】【金属資源】【食料】【衣類】の四つはどうにもならん。それを踏まえてまとめると、こうなる」



鉱物性燃料:石油9兆円 原粗油7・3兆 ガス5兆円 石炭4兆

原料品  :金属資源4兆円

食料   :農産物(畜産含む)5・8兆 水産物2・7兆 林産物1・2兆円 

その他  :衣類3兆



「日本は地下資源に乏しいし、コットンを100パーセント輸入に頼っている。食料自給率は30パーセントで食料の7割を輸入に頼っているうえに、農作物や家畜は今日明日で育つものではない」


 どれも、俺のテレポートでどうにかなるものじゃないな。


 せっかく超能力に目覚めたけれど、俺は役に立たなさそうだ。


 ――あえて言うなら、テレポートでモノを送れば輸送燃料の節約になるかな?


「それと冷凍肉の在庫の都合上、来月以降、スーパーの肉売り場は閑散として値段も数倍に跳ね上がるだろう。今ある冷凍肉を計画的に市場へ流し、それでもいつまで持つか、という状況だ」


「あ、食料なら多分なんとかできるっすよ」


「ほう、早速だな。確か貴君は枝幸詩冴(えさししさえ)、能力はオペレーション。人間以外のあらゆる生物を操るのだったな?」


「はいっす。確か日本って、オオカミちゃんが絶滅したせいでシカちゃんとイノシシちゃんが大量発生し過ぎて、畑と環境破壊が進んでいるんすよね?」


 それは、前にテレビで見た。


 天敵のいなくなった鹿と猪は無制限に増え、畑を荒らしまわり森や山の緑を食い尽くしているらしい。


 確か、鹿は500万頭、猪は180万頭くらいいるんだったかな。


「だから、シサエの能力で半分ぐらい捕まえるんす。元からジビエで鹿肉と猪肉は食べますよね?」

「それはいいな。頼めるか?」

「任せて欲しいっす♪」


 詩冴は指を三本立てたスリーピースを目元に当てて、明るく笑った。


 ノリは随分と軽いけど、結構知識もあるし頭のいい子だと思う。


 ――もしかして、さっきから早百合部長に質問しまくっているのも、討論形式の方が、みんなに伝わりやすいと思ってわざとか?


 考えすぎかもしれないけれど、考えすぎてしまうぐらい、詩冴の言動は理にかなっていた。


 ――ん? 待てよ。


 あることに気が付いた俺は、自然と口が開いた。


「なぁ、枝幸の能力って外来生物だけ集めたりできるのか?」

「できるっすよ。シサエの能力は半径10キロ以内の生物を操るんすけど、対象はシサエが決められるんで。ていうかシサエのことを呼ぶときはシサエって呼んでくれないとイヤっす」


 随分とフレンドリーだな。


「わかったよ。それで早百合部長、確か前に見たテレビだと、日本中で問題になっている外来生物って食べられるのが多いらしいですけど、食糧難なら例外的に食料にできたりしませんか? キョンとかブラックバスとかウシガエルとか」


「そうだな。環境省に打診してみよう。外来生物がいなくなれば環境問題対策の予算も節約できる。奥井育雄、貴君のテレポートで詩冴を日本中の至るところにテレポートで運んでやれ」


「え!? イクオちゃんテレポーターなんすか!? 初めて見たし聞いたっす! 放課後は二人でご当地巡るっす!」

「旅行かよっ」


 ちょっと語気を強めてツッコんだ。


 その一方で、俺もちゃんと役に立てるようで安心した。


 ――でも、言われてみるとテレポーターって聞いたことないな。


 フィクションでは割とありふれた能力だけど、現実にはいない。もしかすると、俺が史上初のテレポーターなんじゃないだろうか?



 その後も、次々手が挙がって、みんな、自分の能力で解決方法を提案していった。


 それらを早百合部長がまとめ、手元の空間を手早くタップしていった。


「流石だな。皆、自身の能力を上手く扱っている。では、皆の意見をまとめるとこうなるな」


 早百合部長の頭上に展開されているMR画面の表示が更新された。



 ●鉱物性燃料・金属資源

 ・探知で未発見の鉱脈を探す。

 ・それを地形操作で掘り起こす。

 ●食料

 ・オペレーションで野生動物を集める。

 ・サイコキネシスで農地開拓。

 ・植物操作で農作物の生育を促進させる。

 ●林産物(食料以外)

 ・木材は国内の杉を切り、水分操作で瞬間的に乾燥させて木材にする。

 ●医薬品

 ・国産品の量産体制が整うまでは、治療系能力者たちを各地の病院へ派遣する。

 ・化学反応促進能力者たちを工場へ派遣して医薬品の製造を後押しする。

 ●節税

 ・探知、サイコメトリー、念写で事件を解決し、警察の捜査費用を削減する。

 ・オペレーションで外来生物を集めて、環境対策費を削減する。



「では諸君、各自の仕事について、別室で詳しい説明をするので、能力別に集まってくれ」


 そう言って、早百合部長は金属班、燃料班、食料班などに俺らを振り分けて、みんな、席を移動したり、ステージの前に集まる。


 俺らも、内峰は金属班、恋舞は警察班、俺と詩冴は食料班に振り分けられた。


 けど、坂東を含め、それなりの人数の生徒は一向に呼ばれなかった。


「では金属班は第一会議室、燃料班は第二会議室、それから――」

「ちょっと待ってくださいよ早百合部長!」


 最前列に座っていた坂東が、声を大にして立ち上がった。


「なんだ、坂東亮悟」

「なんだって、いや、オレらは何をするんすか?」


 苛立たしげな坂東に、早百合部長は冷静に返した。


「まだ呼んでいないのは、貴君を含めて、全員戦闘系能力者だ。貴君らには要人警護の仕事を斡旋する予定だ」

「要人警護? あぁはい、SPって奴ですね」


 途端に、坂東は機嫌を直して、制服の襟を正した。


 そして、ステージ前に集まる俺に、ドヤ顔を向けた。


「じゃあ奥井、オレは要人たちと国事に励むから、お前は食料調達よろしくな。山は虫でるから気をつけろよ」


 遠回しな嫌味だ。


 自分が都会で上流階級の人たちと交流する間、お前はド田舎で鹿や猪相手に土にまみれていろと、坂東はそう言っているのだ。


「安心するっすよイクオちゃん。あの悪党ヅラが老人会でよろしくやっている間、イクオちゃんは可愛いシサエと全国巡りするっす♪」


 細い腕でフランクに俺の首を抱き寄せて、詩冴はぐっと親指を立てウィンクをくれた。


「お前は初対面の男子相手によくもまぁそこまで気さくにやれるな」

「イクオちゃん、千里の道も一歩から、ズッ友も初対面からっすよ」

「じゃあ一歩目を刻めよ」

「たっはー! イクオちゃんツッコみ厳しいっす!」

「なんで喜んでいるんだよ」


 色素の無い、いわゆるアルビノで、髪も肌も儚げな白で瞳は神々しい真紅なのに、詩冴は漫才芸人のようにテンションが高かった。


「なお、仕事の特性上、要人警護の任についてもらう者には、精神鑑定としてサイコメトリー検査を受けてもらう」


 早百合部長の一言で、坂東と他の戦闘系能力者たちの顔が凍り付いた。


 さっきまでみんな、坂東みたいに誇らしげだったのに、今はばつが悪そうに顔の向きを彷徨わせている。


「な、なんでそんなことする必要があるんですか? 普通に精神科医と面談すれば良くないですか?」


「何を言っている? サイコメトリーのほうがより確実だろう? 戦闘系能力で過去に暴力事件を起こしているような人物を、要人の側に侍らせるわけにはいかないからな。サイコメトリー検査を受けないのであれば、要人警護の仕事は斡旋できないぞ」


「っ、なら、自衛隊や警察の仕事はないんですか? 正直、そこらの犯罪者なんて目じゃないですよ。なんなら能力者だけの特殊部隊を編成するとか」


 坂東の案に、他の戦闘系能力者たちも前のめりになる。


 けれど、早百合部長はにべもない、平静な態度を返した。


「貴君らでは力不足だ」

「え?」


「漫画やアニメではないのだ。超能力者の戦力では役に立たないし不便なのだ」


 けんもほろろに切り捨てられた坂東は、頬を引き攣らせながら、無理のある愛想笑いを作った。


「な、なにを言っているんですか? オレは氷帝と呼ばれる最強の氷使いですよ? オレに勝てる奴なんて、同じ能力者でもそうそう」


「貴君のアイスキネシスは、機関銃やロケットランチャー、スティンガーミサイルや戦車や戦闘機や戦闘ヘリやその主砲、ミサイルよりも強かったり防げるのか?」


「えあ!? それは……」


「警察官になるには警察学校で法律や各事件の適切な対処法など、多くを学び、覚え、訓練をしなくては現場では使えない。そも、警察の仕事は事件の解決であり、凶悪犯との戦闘行為はごく一部。それも、機動隊やSATなどの特殊部隊がいる。氷や炎を操るなどの力を持つ学生の出番は無い」


「じゃあ、なんで要人警護はできるんですか?」

「箔付けだ」

「箔付け?」

「そうだ。戦闘系能力者の能力は見た目が派手だからな。良い抑止力になるだろう」

「ッッ、でも、他に何かあるでしょう? オレのアイスキネシスは、いつでも自由に瞬間的に氷を作り操れるんですよ!」


 坂東の声は徐々に熱がこもり、言葉遣いも荒くなり、優等生のメッキが剥げていく。


 そんな坂東を見下げ果てるように、早百合部長の視線は冷たく、声音は漂白されたように無機質になっていく。


「氷が必要な現場には製氷機が常備してある。氷が必要になる度、貴君を呼び出すのは非効率だ。それとも貴君は、一日中現場待機するのか?」


 坂東は、何も言えなかった。


「時と場所を問わず身一つで事を成せる貴君ら超能力者の力は素晴らしい。だが、本人がその場にいないと使えないのが最大の弱点だ。残念だが、貴君を現場待機させておくなら、製氷機を一つ置いたほうがいい。他の能力者についても、電気能力や火炎能力は家庭レベルでなら電気やガスの節約になるが、発電所で活躍するのは難しいだろう。今後、欲しがる企業を募るつもりではあるが、今すぐ斡旋できる仕事は要人警護だけだ」

「~~~~ッ」


 坂東は、怒りと絶望が入り混じった複雑な表情で椅子に座ると、現実逃避をするようにうつむいた。


「オレに仕事がない? 奥井ですらプロジェクト入りしているのに、オレがメンバーから外された? フザケるな……」


 押し殺すような声で言ってから、坂東は上目遣いに俺のことを睨みつけてきた。


 その視線が気持ち悪くて、俺は顔を背けた。


 そんな坂東をまるでいないかのように、何人かの戦闘系能力者が、坂東の横を素通りして、前に出てきた。


 きっと、坂東とは違い、自分の行いに自信があるんだろう。


 それだけで、善良な人なんだろうと、好感が持てた。


 でも、後ろめたいことでもあるのか、多くの生徒は、サイコメトリー検査に尻込みして、座ったままだった。


「食料班の人はこちら、第二回会議室に移動になりまぁす」

「ほらイクオちゃん、早く行くっすよ」

「お、おう」


 詩冴は気さくに俺の肩を引くと、ニカリと笑った。


 俺は彼女の作った流れに乗るようにして、講堂から、そして坂東から逃げた。


―———―———―———―———―———―———―———―———―———―—

 本作を読んで頂きありがとうございます。

 輸入品目や輸入金額は、資料によって異なります。

 また、本作のデータは現実の資料に、私が手を加えた物です。本作はフィクションで、舞台は西暦2040年の未来なので、2020年現在のデータとは異なることをご了承ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る