第3話 彼女は下克上済みだった


「ここが講堂か」


 テレポートで俺が辿り着いたのは、総務省の合同庁舎に併設されている講堂だ。


 あれから俺は、車内でテレポートのコツをつかむことに成功していた。


 そして合同庁舎に到着するなり、龍崎さんから合同庁舎内の地図を見せられ、テレポートで移動するよう言われて、現在に至る。


 それでも、まだ俺には自分が超能力者、という自覚が無かった。


 なんていうか、「俺って凄い」、じゃなくて、テレポートマシンを渡されて、「この道具便利だな」と、他人事な感じだ。


「それにしても、ここにいる人たち、みんな超能力者なんだな……」


 檀上の前に設えられた、扇状に広がる階段席には、千人以上の生徒たちが座り、ざわざわと騒がしかった。


 これが全員超能力者かと思うと、なかなかに壮観な光景だ。


 様々な高校の制服姿の彼ら彼女らは、妙に上機嫌で、まるで親友のように語り合い、笑い合っている。


 そこかしこで、能力らしきものを使っているから、きっと互いに能力を見せあっているんだろう。


 ――考えてみれば、超能力者は100人に1人。ひとつの学校に10人もいないんだよな。自分以外の超能力者なんて、そりゃ珍しいよな。


 少子化が進み、年に40万人ほどしか子供の生まれない昨今、全校生徒が1000人を超えるようなマンモス校は稀だ。



「どうやらテレポートは成功のようだな、奥井育雄」

「龍崎さん」


 入口へ振り返ると、内峰、恋舞、不機嫌顔の坂東を引き連れた龍崎さんが、力強い足取りで入室してくるところだった。


「これからプロジェクトの説明に入る。貴君らもてきとうな席に着いてくれ」

 風格すら感じる語調で俺らに着席を促してから、龍崎さんは檀上へ続く階段をのぼっていく。

「じゃあ行こっか」


 内峰に誘われて、俺と恋舞、それからいつの間にか上機嫌になった坂東は、空いている最前列席に座った。


 坂東は、たぶんこれから自分に訪れるであろうバラ色の未来に頬を染めているんだろう。


 ちなみに恋舞は「え、最前列?」と気後れしているけど、空気を読んで、内峰の隣に座った。


 最初、うしろをだらだら歩いていた坂東は距離的な問題で内峰の逆隣を逃して、俺の隣に座った。


 端から順に、恋舞、内峰、俺、坂東の順に座っている。


 ――恋舞の隣に座れば良かったかな。


 けど、坂東は相変わらず上機嫌だった。


 俺が胸を撫でおろすと、壇上から、龍崎さんが声を張り上げた。


 現代では、デバイスのマイクアプリを使えば、声を周辺のデバイスにエアドロップ送信して、脳に直接声を届けられる。


 けれど、龍崎さんの美声は大きく良く通り、マイクなんて使わなくて、講堂の隅々まで届いていそうだ。



「諸君、今日はよく集まってくれた。まずはそのことに感謝したい。私は今年の四月、つまり今月から正式に発足した総務省管轄異能部部長、龍崎早百合、24歳だ! 親しみを込めて早百合部長と呼ぶように! それと、部署名が超能力部ではないのは語呂が悪いからだ!」


 講堂に笑いが生まれ、場が和んだ。もっとも、場は最初から和みまくっていたのだけど。

 


「では本題だが、皆、日本が【財政破綻】したのは知っているだろうか?」


 それは知っている。


 今、一番ホットなニュースで、テレビも新聞もネットも、連日その話題で持ちきりだ。持ち切り過ぎて、うちの母さんは「どのチャンネルも財政破綻のニュースばかりで飽きた」と文句を言っているぐらいだ。


 その一方で、経済評論系のユーチューバーは動画の再生数を伸ばして、儲けているようだ。


 俺の思考を断ち切るように、龍崎さん、もとい、早百合部長は鋭い声で話を続けた。


「日本の国家予算は年間【100兆円】! だが税収は50兆円。足りない50兆円は、【国債】という借用書のようなものを発行して【日本銀行】に買い取ってもらい、国の借金を増やして賄っている。2020年時点で1160兆円と言われた借金は積もり積もって現在、2000兆円に達している!」


「あれ? でも確か日本政府の資産て2000兆円以上あるからいつでも返せるって聞いたっすよ」


 総務省の官僚様の話をぶった切って、誰かが口を挟んだ。


 声の先では、純白の髪をツインテールにまとめた美少女が立ち上がり、きょとん顔で早百合部長と対峙していた。


「ほお、よく知っているな」

「ふふん、これでも詩冴(しさえ)はインテリなんすよ」


 詩冴と名乗る美少女は、得意げに胸を張った。


「貴君の言う通り、日本政府は800兆円の資産と1300兆円の債権を持っている。だが、800兆円の資産の正体は、国会議事堂や国道だ。つまり、売りたくても売れないものばかりなのだ」


「じゃあ外国に貸しているお金を返してもらえばいいんじゃないっすか? 1300兆円の債権て、ようするに利息含めて1300兆円貸しているってことっすよね?」


 名案とばかりに、詩冴はポンと手を叩いた。


 けれど、早百合部長はばっさりと切り捨てる。


「無理だな。お金が無くて困っているから日本が貸しているのだ。今年日本がピンチだから耳を揃えて全額返せと要求したところで、外国も無い袖は振れない」


「ぐぐ、なかなか手ごわいっすね。あっ、でもぉ、確か日本の借金は自分で自分にしているから日本は破産しないって聞いたっすよ」


 歯を食いしばり、詩冴は、謎の食い下がりを見せる。


 その飽くなき気合いはどこからくるのだろう。


「本来は、な。だが、今回は事情が違うのだ」

「何が違うんすか?」

「では、日本の借金の仕組みを簡潔に説明しよう」


 小首どころか大首を傾げる詩冴と視線を合わせて、早百合部長は先生口調で語り始めた。


「まず、財政破綻とは、政府の預金がなくなり、必要な金を払えなくなった状態だ。しかし、日本円を発行しているのは日本の【政府機関】である【日本銀行】、通称日銀だ。日本政府はお金が足りない分だけ、先程も説明した【国債】を発行して日銀に買い取ってもらい、予算を調達できる。この買い取ってもらった分が借金だ」


「ん~? 待ってください。でも【日銀】て、【日本の政府機関】なんすよね?」


 詩冴は、両手の拳を頭にグリグリと押し付けて悩んだ。


「つまり、これが自分で自分に借金をしている、という言葉の正体だ」


 早百合部長は、ぴんと人差し指を立てた。


「例えるなら、財布を二つ持っていて、貰った給料はまず財布Aに入れ、使う時は財布Bに移す女がいたとする。そしてこの女は、移した金の事を、財布Bは財布Aに借金をしたとのたまっているのだ」


「なら今年も足りない分は国債を発行して日銀に買い取ってもらえばいいじゃないっすか? なんで財政破綻しちゃったんすか?」


 早百合部長は嘆息を漏らして、やれやれと片目をつぶった。


「それがだな……今年は馬鹿な日銀総裁が、国債を買わないと言い出したのだ」


 それは、ニュースでも見た。


 確か理由は、借金が増えすぎてこれ以上は貸せないからだったか。


 でも……。


「でも今の話を聞いていると、借金はいくらでも増やせるんすよね? どういうことっすか?」


 俺の疑問を代弁するように、詩冴は尋ねた。


「ここだけの話、とは言いつつ、既にいくつかの週刊誌で疑惑報道されているのだが……総理は日銀総裁に、次期財務大臣のポストを約束していたのだ。しかし総理は、次期財務大臣に、いわゆるお友達人事で、経済の事を何も知らない、ただ長く国会議員を務めているだけの議員を指名してしまったのだ」


 頭が痛い、とばかりに、早百合部長は被りを振った。


「怒った日銀総裁は、表向きは借金が増えすぎた為とは言いつつ、裏では総理が謝罪をしなければ国債を買わないと言い、総理は自身の非を認めず、お互いに振り上げた拳の落としどころがないまま新年度を迎えてしまったというわけだ。予算は前年の半分。予算は半年で尽きる。完全な財政破綻だ」


「うわ、最悪っすね。それで、なんでウチらが集められたんすか?」


 早百合部長は、気を取り直して喉を咳ばらいをした。


「単刀直入に言おう。今の日本を、貴君らの超能力で救ってほしい」


 講堂に、一陣のざわめきが波紋のように広がった。


 ――超能力で財政破綻を救うって、どういうことだ?


「今の日本を救うには、もはやただの経済政策では間に合わないのだ。年内に問題を解決できなければ、日本はIMFの管理下に置かれ、追加徴税で全国民の財産の九割を差し押さえることになるだろう。そんなことになれば貴君らの生活も破綻する。それだけは避けなければならない」


 それも、連日ニュースで報道されている。


 日本の財政破綻は世界中に知れ渡り、日本円は外国では価値が暴落。日本円で輸入ができなくなり、輸入産業は倒産が相次いでいるらしい。


 幸い、うちの父親は輸出系企業に勤めているので、影響は少ない。


 でも、財産の九割を差し押さえられたら大変だ。


 ローンが20年も残っている家を取り上げられたら、俺らはどこに住めばいいんだ。


「何の確証もなく言っているわけではない。以前から親交のあった能力者たちと話し合い、いくつかの社会問題に対して有効であることは証明済みだ。この説明会が終わり次第、一部の生徒には、こちらで用意した仕事を斡旋したい。受けるかは自由だが、好待遇を保証する。悪い話ではないはずだ」


「すごいっすね。あーでも、あと1つ、なんで早百合ちゃんみたいに若い官僚がシサエたちのリーダーなんすか?」

「誰もやりたがらなかったからだ」


 ――え?


「この計画は、前々から大臣たちに上申していた。だが、頭が固く保守的な官僚と政治家共は皆、失敗したらどうするだの高校生に国の大事を任せられるかの一点張りだった。だが今回、尻に火がついてそれが全身に回りそうになってやっと許可を出したというわけだ。そうして総務省に異能部が新設されたが、誰も部長をやりたがらなかったので、発起人の私がやることになったのだ」


 なんというお役所仕事だと、俺は呆れ果てた。


 総理と日銀総裁のやり取りもだが、日本と言う国の上層部は、とことん腐りきっているようだ。


 そんな俺の暗い気持ちを払うように、早百合部長は相変わらずマイクアプリによるエアドロップ送信を使わず、美声を張り上げて語り掛けてきた。


「若いリーダーで頼りないかもしれないが、だからこそ、自分の未来は自分で作りたいと思っている! 貴君らと一緒にだ! 私に力を貸してくれ!」


 デバイスを通さない肉声は、生の感情がこもっていて、彼女の熱意が伝わってくる。詩冴も感心していた。


「では、これから財政破綻に伴う問題の説明をする。貴君らの能力に合わせ、各人に斡旋する仕事内容はすでに決めてあるが、自分の能力なら解決できるというものがあれば、挙手を頼む」


 確かに、本人にしかわからない能力の活かし方もある。


 仕事を斡旋する傍ら、本人たちの意見と希望も取り入れる。


 従わされている感を減らしつつ、俺らのやる気を刺激する、上手いやり方だと思う。


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 みなさんのおかげで、投稿初日分で現代ファンタジー日刊ランキング8位です。 ありがとうござます。

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