第66話 金田総裁の末路
「こちらが金田総裁の不正帳簿になります」
時が止まった。
コマ送りのように、16個の視線が、真理愛のMR画面に注がれていた。
「え……ちょっ……真理愛? 何してんの?」
「早百合部長が我々の手を汚すことなく金田派閥を一網打尽にできる方法を望まれたので、念写しました。この帳簿があれば金を受け取った者全てを一網打尽にできるでしょう」
真理愛は無感動に、淡々と説明した。
「いやいやいや! これありなのか!? 確か違法行為で手に入れた証拠は証拠能力を失うんだよな!?」
「超能力は法整備が追いついていないので、念写能力で帳簿をコピーしてはいけないという法律はありません。必要であれば、金田総裁派閥一人一人のイケナイ取引現場の動画もお作りしますが、どうしますか?」
「待ってくださいマリアちゃん! 念写ってそこまでできるんすか!? ていうことは、念写能力者がその気になったらシサエの日記とかポエム集とか黒歴史ノートとかキリハちゃんの全裸画像とか自由に念写してネットにアップできちゃうんすか!?」
舞恋と茉美と美稲が、赤面して胸を隠した。
俺は、世の念写能力者男子が、桐葉の裸を念写していたらと思うと、気が気ではなかった。
「いえ、できるのは多分世界でも私だけです」
「なんでっすか!?」
詩冴が奇声にも似た声で怒鳴ると、早百合部長が怪訝そうに眉根を寄せた。
「うん? なんだ貴君ら知らなかったのか? 有馬真理愛は圧倒的な世界随一の念写能力者だぞ。人間国宝級だ」
えっ!? と俺ら全員の声が重なった。
「そも、【念写能力】とはある程度、対象の情報が揃い、近しい現場で近しい時間軸の事柄を不鮮明な画像でおぼろげに写し出すのが限界だ」
――え? そんなもんなの?
そういえば、昔ネットで見た念写写真は、ぼやけていた気がする。
「今のように100人に一人の割合で超能力者が生まれる時代になる前だが、大正時代、【当代無比の神通力者】【魔法様】として恐れられた日本史上最高峰の念写能力者、三田光一でさえ、月の裏側の念写画像は不鮮明極まりないものだったが」
早百合部長が目配せをすると、真理愛はそれだけで意図を察したらしい。
MR画像に、鮮明な月の裏側画像が映った。
その鮮明さたるや、精工な月の模型を目の前にしているようなクオリティだ。
「おそらく、今後100年間、有馬真理愛を越える念写能力者は現れないだろう。法整備が遅れているのも、念写でそれほどの悪さはできないからだ」
「そうだったんですね」
――下手しなくても、真理愛って俺や美稲よりも凄いんじゃ……。
その気になれば、詩冴は誰でも確実に殺せる。
俺は、誰でも瞬殺できる。
だけど、真理愛は無傷のまま、社会的に抹殺することが可能なのだ。
どちらがより有用かは、火を見るよりも明らかだ。
「それで早百合部長、不正帳簿や動画は、お使いになりますか?」
早百合部長と、それから、俺ら全員の顔が、同時に大きく首肯した。
◆
その日の夜、証拠をもみ消されないよう、日銀総裁金田康則とその一派全員分の不正帳簿全ページ、およびインサイダー取引や賄賂収得現場の動画が、ネット上に念写された。
えげつないほどの量は火消しができる数を遥かに超えていて、全ネットメディアが食いついた。
翌朝には、国営放送を除く全テレビニュース番組も取り上げ、全新聞社が朝刊の一面を差し替えて、大々的に報じた。
金田派閥の自宅と実家と別邸には報道陣が詰めかける事態になり、秘書たちがフェイクニュースだと騒ぎ立てたが、組織が大きくなれば色々な人間がいる。
派閥に属しながら、意気地の欠片もなければ忠誠心の片鱗も持たないメンバーが、報道陣に追い詰められた恐怖で、全てを白状してしまった。
翌、7月4日は金田康則、及び、全派閥メンバーが芋ずる式に警察へ引っ張られ、その中には現職の国会議員が衆参合わせて58人もいた。
与党は多くの議席を失ったが、野党はそれ以上に議席を失った。
おかげで、与党は、なんとか衆参両方で過半数の議席を確保した。
日銀上層部がまるごと空っぽになると言う未曽有の珍事に、内閣は緊急国会を開き、そこで金田康則の影響が無い、貴重な日銀幹部を総裁に据えた。
新総裁は、趣味で動画配信を行っている人物なのがラッキーだった。
今まで俺らが早百合部長から説明された、日本の借金や国債の仕組みについて、わかりやすく解説した動画を何本も動画サイトにアップして、国民に理解を求めた。
それでも、執拗に国の借金が国を亡ぼすと主張する経済評論家もいるけれど、多くの国民は納得してくれた。
当然、某国に国債を売却する話は消えた。
けれど、PAU東南アジア連合の中央銀行に金塊を渡す約束は変わらない。
日本は、食料と衣類を、東南アジアからの輸入に頼っている。
多額のPAU共通通貨、アージは、いずれ使うことになるからだ。
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