第241話 行け!僕らみんなの最強主人公!
その日の夜。
俺は美稲の部屋のドアをノックした。
三度のノックで、ドアの向こうから美稲の優しい返事が聞こえた。
三秒後、カチャリと音を立ててドアを開けると、ネグリジェ姿の美稲は俺の顔を見るなり、表情のワット数を上げた。
「あ、ハニー君。入って、ちょうどいま寝るところだったの」
大きくドアを開けて、彼女は部屋の奥へといざなうようにベッドへ向かった。
俺は部屋に入って後ろ手にドアを閉めた。
美稲の部屋は、瀟洒でありながら、ところどころが愛らしい内装だった。
派手な飾り気はないものの、家具のデザインや色は女の子らしくて、少しドキドキする。
美稲はベッドに座って、俺に両手の平を伸ばしたらふざけた。
「それでどうしたのハニー君? 美稲お姉さんに人生相談?」
にっこりとほほ笑んだ表情は、両親に見せた時とは違い慈愛に満ちていて、だけど、やっぱりどこか無理をしていた。
俺は探り合いを捨てて、単刀直入に言った。
「いいのか? このままで」
「…………っ」
たった一言。
たった一言で、美稲の虚勢は崩れ落ちた。
まるで、ずっとその言葉を待っていたかのように、美稲の表情は色を失い、腕を落として漂白された声を漏らした。
「……どうして、そう思うの? だって、あの人たちは私とは無関係なんだよ?」
「そうだな。俺もあいつらのことは大嫌いだし、下水道にテレポートしてやりたい。でもな美稲、そう思うなら、なんでお前は泣いているんだ?」
「え?」
頬を濡らす涙にようやく気づいたように、美稲を零れ落ちると雫を手で受けた。
両手にこぼれる涙を見下ろして、美稲はゆっくりと指を畳んだ。
そうして、まるで罪の告白をするようにして、声を震わせた。
「私ね……ずっと美見が嫌いだったの」
彼女らしくない、嫌悪の告白を、俺は黙って聞いた。
「美見が生まれる前、お父さんもお母さんも私にすっごく優しかったんだよ。私はすごく幸せで、毎日が楽しくて、二人のことが大好きだった。でも美見が生まれて、私はいらない子になった。いつも思った。美見さえいなければ私はずっと愛されていたのに、なのになんで生まれてきたんだって」
いかにも俗物的な悪感情を吐露しながら、それでもなお美稲の姿は清かった。
そこにいたのは他人を妬む醜い人間ではなく、傷つき悲嘆に暮れる儚げな少女だった。
美稲は、顔を上げて訴えた。
「でもね、そんなのあの子には関係ないの!」
熱く濡れた声で、美稲は俺に思いのたけを吐き出した。
「私を見捨てたのは両親で、美見は何も悪くない! あの子はまだ八歳なの! ねぇハニー君、どんな気持ちなの……八歳の女の子が、いきなり大人の人にさらわれて閉じ込められて、なのに誰も助けに来てくれなくて……それってどれだけ怖いの? 私が坂東君に襲われた時よりも絶対に怖いよね? 辛いよね?」
怯えてながら、次から次へと言葉が湧いて止まらない美稲は取り乱して、ベッドから転げ落ちるようにして絨毯に膝をついた。
俺は慌ててしゃがんで、彼女を抱きとめた。
すると美稲はそのまま俺の胸にすがりついて、力いっぱい俺の服を握りしめた。
その力強さが、そのまま彼女の熱意をあらわしていた。
「ハニー君お願い……美見を、あの子を」
悲鳴を押し殺すように、美稲は俺の胸板に額を押し付けて叫んだ。
「助けて!」
実の姉妹でも、ここまで心配できる姉がどれだけいるだろう。
これだ。
これが、内峰美稲なんだ。
氷のように冷めていく思考で、幼い頃を思い出す。
俺は、昔からずっといじめられてきた。
誰も助けてくれなかった。
世間が嫌いだった。
他人が嫌いだった。
それでも、美稲のような子がいる。
彼女のような人がいるから、彼女が俺を幸せにしてくれたから、俺は人間を見捨てたくないし、日本を救おうと思えた。
だから、俺は美稲を幸せにしたい。
思考は冷たく理性的に、けれど体の内からは、心臓が燃え盛っているような熱を感じる。
灼熱の衝動に突き動かされ、俺は美稲を抱きしめた。
彼女のぬくもりを腕に抱き、固い決意を口にした。
「任せろ。俺はお前の【最強主人公】だ」
一緒にプロジェクトを始めた頃、彼女が俺にくれた言葉を返すと、美稲は顔を上げて頷いた。
「うん!」
◆
一時間後、夜の十時に、俺、桐葉、美稲、詩冴、真理愛、舞恋、麻弥、茉美は犯行現場の公園入口にテレポートした。
「よし、ここが現場だな」
「どうするのハニー君?」
やや不安げな美稲を安心させるように、俺はやや語気を強くして言った。
「みんなの能力を使ってちょっとな。真理愛、美見に干渉できないから、念写で美見を追尾することはできないんだよな?」
「はい」
「でも、美見とは関係なく、特定の時間と場所の念写はできるんだろ?」
「あ……ですが正確な時間と場所がわかりません」
真理愛がハッとすると、俺は続けた。
「桐葉、美見の匂いはわかるか?」
「部屋で見せられたシュシュの匂いなら覚えているよ」
ニヤリと笑うや、桐葉は周囲の匂いを嗅いだ。
広大な世界から的確に糖分を見つけ出すハチの嗅覚は、犬並とも言われている。
その嗅覚を買われ、空港で麻薬探知犬の代わりに使う国もあるほどだ。
「一番新しい匂いはこっちだね」
走り出す桐葉の後を追いかけると、公園の東側に面している道路で彼女は立ち止まった。
「ここで匂いが途切れている。成人男子の匂いがいくつか……筋肉質で、30代ぐらいかな……時間は、午前九時過ぎってところかな」
「でかした桐葉。真理愛」
「はい。本日の午前九時過ぎ、この場所の映像を念写します」
真理愛の展開したMR画面に、警察署で見たのと同じ誘拐映像が、高解像度かつ引きのカメラアングルで映った。
「よし真理愛、このまま美見じゃなくて、この車の走行ルートを追尾してくれ」
「承りました」
美稲は念写のカメラを空撮に変えて、空から車を追った。
灰色のワゴン車は何度も進路を変え、東京を徘徊している。
行き先をわかりにくくするために、誘拐犯がよく使う手だ。
しばらくの間、俺らがワゴン車の行方を見守っていると、やがて一棟の巨大な建物の中に入った。
「この建物は、OU大使館でしょうか?」
「ビンゴだ」
やはり、俺らの睨んだ通り犯人はOUだった。
OUに美稲を引き渡せという無言の圧力か、それとも後日、遠回しな要求が来るのか。
どちらにせよ、一刻も早く美見を助けたい。
「大使館ってなんなのですか?」
「大使館は、外国との橋渡しをしてくれる外交官さんの家で仕事場の建物だよ」
無表情でこくんと首を傾げる麻弥に、舞恋がちょっと先生口調で滔々と教えた。
「領事館とは違うのですか?」
「大使館は相手の国と自分の国の政治的問題の処理が仕事で、領事館は相手の国に暮らす自分の国の人たちを守ったり、貿易に関する処理が仕事だよ。それと、大使館や領事館の敷地内は、その外国の法律が適用されるの」
「なんだか、助けるハードルが高そうなのです」
「だからこそ俺ら超能力者の出番だ。真理愛、大使館の中の映像を見られるか?」
「任せてください」
MR画面の映像が切り替わり、念写のカメラレンズとも言うべきものが、ワゴン車から降りてきた男たちを映した。
ガタイのいい男たちは、子供が入りそうなくらい大きな旅行鞄を手に、ガレージの中から大使館内に入った。
そうして、とある一室に旅行鞄を置くと、武装した男たちが周囲を囲み見張った。
旅行鞄が静かなところを見ると、美見は薬で眠らされているのかもしれない。
――だとしたら、恐怖に怯えずに済むだけましなんだけど。
「舞恋、合法的に大使館の中に入るにはどうすればいいんだ? パスポートがあればいいのか?」
「入館は大使の許可制だから、警察も簡単には立ち入れないって、警察署では習ったよ」
「無理に潜入して外交カードにされるのは面倒だな。それこそ美稲の引き渡しが復活しかねない」
「じゃあ私が囮になるよ」
俺が潜入方法を考えるよりも先に、美稲を力強く言った。
「いま、舞恋が言ったでしょ? 大使館は政治問題の処理が仕事って。じゃあ、私の引き渡しについて話があるって言えば、合法的に招待してくれるんじゃないかな?」
それは、悪くない方法だった。
つい、一考してしまう。
「あくまでも話があるってだけで引き渡すと約束するわけじゃない。それを口実に俺らが潜入して、実際はOU国内の治安の話や超能力者管理委員会の運営状況について聞いて、美見を取り返したら何食わぬ顔で帰ればいい」
「ねっ、いい考えでしょ?」
美稲は強気だが、俺は賛同できなかった。
「危険だ。OUは、それこそ三回も強硬手段に出てきた連中だ。大使館は敵地も同然。一歩でも足を踏み入れれば殺されかねない。飛んで火にいる夏の虫どころじゃないぞ」
「でも……」
「こっちの戦力は俺、桐葉、美稲の三人だけ。それだって、専門的な訓練を受けた軍人じゃない。終業式のOU軍人に勝てたのは奇跡みたいなもんだ」
「ハニーちゃんのアポートであの旅行鞄、持ってこれないっすか?」
「無理だな。あの旅行鞄は能力者の力で作られたものだから干渉できない」
詩冴は腕組みをして悩んだ。
「う~ん、じゃあゲートで空間を繋げて持ってくるとかは?」
「ゲートは開くのに時間がかかるしあそこまで厳重に見張られていると、運ぶ前にバレるし、こっちから見張りに手を出したら結局は外交カードにされる。一番いいのは、潜入して、美見を見つけて『うちの妹を連れて帰るのに何か問題が?』みたいにすることだ。もちろん、向こうが強硬手段に出たら正当防衛で戦える戦力も必要だ」
「旅行鞄を持ってこれないなら大使館ごとアポートしたらどうなるんすか?」
「どうだろうな? テレポート不能の異物が中にあるとテレポートできないか、旅行鞄だけ跡地に残るか。でも旅行鞄を確保してからまた大使館をもとに戻しても、大使館を勝手にテレポートするとかそれこそ国際問題だぞ?」
「ぐむぅ~、難しいっす」
詩冴が眉間にしわを寄せると、不意に美稲が電話に出た。
「美方さん? ごめんなさい、今ちょっと私たち妹が誘拐されてそれどころじゃなくて。あっ」
やはり妹を誘拐されて動揺しているのか、美稲は余計なことを言ってしまう。
追及されたのか、美稲は仕方なく、事情を説明した。
すると。
「え? スピーカーモードに?」
美稲が虚空をタップすると同時に、姫騎士もかくやという勇ましい声が響いた。
「奥井ハニー! 今すぐワタクシと守方、それに糸恋を貴方の部屋にアポートなさい!」
「え? お、おう」
言われるがまま、俺はアポートを使った。
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本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
フォロワー19742人 772万2416PV ♥118765 ★8081
達成です。重ねてありがとうございます。
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