第32話 美稲が尊い


「だってお二人は付き合っているのですよね? なら、彼がアポートで盗みを働いたとしても、貴女はそれを黙認するのではないですか? むしろ、愛する貴女が頼めば、彼は何でも盗むのでは?」


 まずい、と俺が思った時にはもう遅い。


 桐葉は視線の温度を絶対零度まで下げると、強い敵意を込めた声を返した。


「ハニーが毎日サイコメトリーを受けているのは知っているよね? なら、そんなことしたらボクまで共犯じゃないか? 今の発言、ハニーを犯罪者にしたいって願望が透けてるよ? お前ら【能力者廃絶主義者】?」


 能力者廃絶主義者とは、名前の通り、能力者を社会から廃絶しようという団体だ。

 世間ではあまり相手にされていないが、一部では熱心な信者もいる。

 能力者を批判する書籍を出せば、必ず彼らが買ってくれるので、一定の売り上げが見込める批判本は、毎月何点も敢行されている。


「この取材が、ボクら能力者を断罪する材料探しのためにやっているなら、ボクらは帰るよ」


 本当に立ち上がり、桐葉は帰ろうとする。


 記者は慌てて制止しようとし、俺も、桐葉の肩を抱きよせて座らせた。


 桐葉のイメージダウンは、避けたかった。


「まぁまぁ桐葉。よし、じゃあこの場を借りて頼むよ。桐葉、もしも俺がアポートで何かを盗むようなことがあったら、容赦なく毒針を打ってくれ。あと、24時間桐葉の働き蜂になるよ」

「え、それほんと?」


 桐葉は、ちょっと以上に悪い顔で指を立て、俺のわき腹を突いてきた。


「ああ。記者さんの前で約束するよ。あ、これ記事にしていいですよ。俺が悪いことしたら、自分以外の女子と口を利いちゃダメとかそういうのでもOKだぞ」

「じゃあ一緒にお風呂入ってカラダ洗ってくれる?」

「録画中に何言ってるんだよ。ああもう絶対アポート悪用しないからな!」

「え~、ボクはちょっと悪用してほしいなぁ、ねぇねぇねぇ」

「やめなさい」


 俺がチョップのポーズを取ると、また、桐葉は俺のチョップに額を当てた。


「でこタッチ♪」


 おでこで甘えながら、キス顔を作る桐葉。その姿がべらぼうに可愛くて、ちょっと我を失ってしまう。


 そして、記者さんは俺らの様子を、苛立たし気に見ていた。

 きっと、恋人がいないのだろう。



「奥井君。君は金属班でもあるんだろ? 内峰さんと一緒に取材、いいかな?」

「あーはい。いいですよ」


 歯を食いしばっている記者を無視して、俺は桐葉と一緒に、美稲の隣の席に移動した。


 美稲を担当していたのは、早百合部長を問い詰めていた、あの女性記者だった。


 早百合部長が駄目なら、部下の能力者を叩いてホコリを出してやる。


 そんな意図が、目から溢れている。


 否応にも警戒心が高まる中、記者さんは美稲に尋ねた。


「内峰さん、君は、物体から特定の元素を抽出できるんですか?」

「はい。それを原子レベルで結合できるので、たとえば廃車から鉄原子だけを集めて鉄のインゴットを作れますし、廃棄するデバイスの山があったら、そこから純金を集めて金塊を作れます。とは言っても、デバイスに使われている金は少量なので、かなりの量が必要ですけどね」


 美稲は緊張することなく、穏やかに対応していた。


 さすがは学園のアイドル。コミュ力が高い。


「でも、その力があれば、自分で大金を稼ぐこともできますよね?」

「う~ん、そういうのは興味ないですね。私は、この力を国家のために使おうと思います」

「でもほら、若いんだし、欲しい物とかあるんじゃない? 君がその気になったら、タワマンも買えるでしょ?」


 既に俺らはタワマンに住んでいる。あくまで官舎だから借り物だけど。


 ――というかこの記者、何を企んでいるんだ?


「いえ、贅沢には興味が無いので。収入は生活できる分があればそれで構いません。それにほら、私は換金ルートなんて持っていませんし、貴金属の買い取り業者に持ち込むのがせいぜいです。あと、それにも所得税かかりますよね? そういう面倒なのは全部国に任せれば、私は楽して生活費を稼げるんです。私ってずるいですよね?」


 くったくのない笑顔に、記者は悔しそうに歯噛みした。


「労働環境に、何か問題とか、困ったこととかはありませんか」

「ありますよ」

「それはどんな?」


 記者は前のめりだった。


「私の労働時間が少ない点です」

「え?」


 真顔で、美稲は滔々と語り始めた。


「私は、ゴミの山から資源だけを回収できます。私がその気になれば、日本中の埋め立て地を空っぽにできるはずです。なのに、学生に無理はさせられないと、夕方には退勤になってしまうんです。私だっていつ交通事故や病気で死ぬかわからないのに、ちょっと悠長だと思いませんか? 国内の埋め立て地はあと20年でいっぱいになるんですから、私が生きている間に少しでも多くの埋め立て地を空けるべきです。なのに、ホワイト過ぎて困ってしまいます」


「皆さんは、政府に搾取されているんじゃないですか?」


 ――うわ、美稲の発言まるごと無視しやがった。こいつどういう脳味噌してんだ?


 こういう人は多い。


 最初に自分好みの前提と結論を作り、それに沿った形でしか物事を見ず、最初に用意した結論へ誘導する。


 ――さてはこの記者、離反者を出して、政府の責任問題に発展させる気だな。


 でも、美稲にその手は通じない。


「私の話を聞いていましたか? 聞いていたらそんな質問出ませんよね? 私は、自分の意思で日本を救うためにプロジェクトに協力しているんです。私の話を歪曲するなら、取材はここまでですね。あと、この動画は約束通り、ネットに投稿させてもらいます」


「はっ? 貴女、こっちが下手に出ていたら調子に乗って、そんなことさせませんよ!」


「取材内容を録画すること、ネットに投稿する、という条件で受けた取材なのにどうしてですか? 大人なのに約束を破るんですか?」


「それは、そうしないと取材を受けないと貴方がわがままを言うから」


「つまり騙したんですね。これは詐欺行為に該当する可能性がありますよ」


「屁理屈を言うんじゃないわよ!」


 女性記者は化粧にヒビが入りそうなほど顔を歪めて怒鳴った。


 他のテーブルに着いている能力者たちの視線が、一斉に女性記者へ集まる。そう、頭上に【REC】と表示された能力者たちの視線がだ。


 それで、女性記者もハッと我に返った。

 けれど、今更取り繕うことなんてできない。

 女性記者は最後の抵抗とばかりに美稲を睨みつけてから、足早に会議室を出て行った。


「美稲、お前やるな」

「大したことじゃないよ。だって正論しか言っていないもん。それともこれが【ロジカルハラスメント】なのかな?」


「いや、【正論で理不尽】てもう破綻してんだろ。俺その言葉嫌いだな。とか言っているから俺は嫌われるんだけど」

「でも彼女さんとはラブラブだよね」

「おい、ここは配信すんなよ」


 軽くツッコミを入れると、小柄で若い、ポニテの記者さんが俺らの対面に座った。


「あ、わたし燃料班担当なんだけど、奥井君、お話聞かせてもらえるかな?」

「はい、答えを誘導する質問以外にはだいたい答えますよ」

「安心して、わたし、早百合部長の知り合いだから」


 ポニテの記者さんは、にっこりと笑った。

  

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 あけましておめでとうございます!


 本作を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー5592人。

 45万4000PV

 ♥7328

 ★2063

 総合ランキング 月間10位→9位

 達成です。ベスト10入りからの1ケタ台、お正月だけにめでたいです。

 再生数も

 12月30日の再生回数が3万376PVで、初めて3万を越えました。

 昨日、大晦日も3万114PVです。

 

 皆さん、昨年はありがとうございました。

 今年も作品たちをよろしくお願いします。

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