第203話 ヒーリングドロップキィィック!

 刹那、部屋のドアがブチ開けられた。


「キリハちゃんの部屋に朝這いに行ったらいなかったす! やっぱりここにいたんすね! そして準備万端なんすね! ではちょっとアブノーマルっすけどさっそく3人でさんぴぃぎぇええええええええええええええ!」

「ヒーリングドロップキィィック!」


 廊下の詩冴は、茉美のドロップキックで波にさらわれるようにして真横へフェードアウトした。


 どうやら危機は去ったらしい。


 が、安堵したのも束の間、床に着地した茉美は鬼の形相で俺に向かって弾丸のように飛び出した。


 そして、半裸の桐葉にマウントを取られていることを思い出した。


「待つんだ茉美! これは桐葉の罠なんだ!」

「問答無用!」


 殴られる覚悟をして俺が歯を食いしばると、優しい声が割り込んできた。


「はいはい、そこまでだよ」


 まるでおいたをした妹を叱るような語調で茉美の肩をつかむのは、ハーフアップの長い黒髪が美しい、品のある美人さんだった。


 内峰美稲。


 前の高校では学園のアイドルで、いまの異能学園でも桐葉に続いて準ミスに輝いた絶世の美少女だ。


 真理愛はクールな、桐葉はセクシーな魅力溢れる一方で、美稲は温和でエレガントな魅力がある。


「み、美稲?」


 肩を抑えられた茉美は振り返り、困惑していた。


「ねぇ、茉美さんてハニー君のことが好きなんだよね?」

「え!? それは……うん」


 さっきまでの勢いはどこへやら、しどろもどろになる茉美とは対照的に、美稲は年上のお姉さんのように落ち着いた雰囲気で尋ねた。


「じゃあ、どうしてハニー君をぶとうとするの?」


 ――そうだ。もっと言ってやれ。


「だ、だってこいつがえっちなことしているから!」

「桐葉さんが一方的に迫っているのは一目瞭然だよね? なのに、なんでハニー君をぶつの?」

「……それは」


 茉美がしゅんと肩を落とすと、桐葉が自分の胸に手を当てた。


「そうだよ。茉美もボクを見習ってハニーを気持ちよくしてあげないと」

「桐葉さんはやり過ぎ」


 得意げな桐葉もたしなめた。


「ハニー君は一生に一度しかない恋人時代の思い出を作るために、みんなのためにえっちなのをガマンしてくれているんだよ?」


 ――おい、それだと俺がえっちなことをしたくてたまらないみたいじゃないか。事実だけど。


「なのにそうやって誘惑ばかりして。ハニー君が可哀そうでしょ?」

「うぅ」


 珍しく、桐葉が怯んだ。

 だけど、お説教タイムはそれで終わりだ。

 美稲は手を合わせると、くるりと踵を返した。


「はい。というわけで茉美さんはもうハニー君をぶたない、桐葉さんは誘惑を控える。じゃあ私は朝ご飯の準備をしてくるから」


 美稲が部屋を出ていくと、複雑な表情をした茉美と目が合った。

 茉美は自分の拳の置き所に困ったように視線をさまよわせている。

 その姿はけっこう可愛い。


「あ、あのさ」

「別に謝らなくていいぞ、気にしていないし。反省だけしてくれればいいさ」

「ムッ」


 茉美はムムッと眉を吊り上げると、俺の頭に腕を回してきた。

 幸せな感触が頭を包み込んだ。

 そうして、頭を腕で抱え、おっぱいとの間に挟んでヘッドロックをかけてきた。

 痛みよりも気持ちよさが先だって、少しも辛くない。


「もとはといえば【ハニー】が欲情しっぱなしなのが悪いんでしょ! しっかりしなさいよね!」

「お、おう?」


 あんた、ではなく久しぶりにハニーと呼びながら、赤らめた顔でお説教をしてくる茉美が可愛い。


「ふふ」


 含み笑いをしてから、桐葉は俺の上から降りたのだった。



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