第30話 おでこタッチ♪


 いつもの黒スーツとタイトスカート姿で力強く歩き、ハリウッド女優かと疑うような美貌と自信を振りまきながら、席には着かず、大臣たちの隣に威風堂々仁王立った。


「私は総務省異能部部長、龍崎早百合です。皆さんもご承知の通り、我々は一部の超能力者を集めて、財政破綻した日本の再生計画を進めています」

「具体的にはどのような?」


「今まで日本が輸入していた資材を、超能力で調達し、政府の備蓄資材とするのです。すでにスーパーには外来生物や鹿、猪の肉が並んでいるでしょう? あれを卸売りしているのは政府ですが、用意は能力者によるものです」


「危険性はないのですか?」


 まるで悪事を追求するかのような女性記者の口調に、早百合部長は毅然とした態度を崩さない。


「ありませんね。現に、何の問題も起こっていません。彼らは大人とは違いますから、皆、利権に関係なく、アルバイト感覚で協力してくれています。当然、報酬は支払う予定です。労働力や善意の搾取は致しません」


「そうですか。しかし、超能力で具体的に、どうやって資材を調達しているのですか? その方法は本当に問題がないのですか?」


「実に単純です。日本が自給自足できないものは【金属】【燃料】【食料】【衣類】の四品目です。特定の原子を集める能力者が都市鉱山、つまりゴミの山から金属を集めて金属問題を解消。人間以外の動物を操る能力者が、野生動物を食肉加工工場に集めて食肉問題を解決。テレポーターが海中のメタンハイドレートをアポートで取り寄せ燃料問題を解決。また、農作物と衣類は最初に説明した方法で手にした金銀で外国から輸入することに成功しています」


 ――上手いな。太平洋上でこっそり魚の誘導をしていることは言わない。あれが露呈すると、国際社会から指摘されそうだからな。


「待ってください。テレポーターは遠くのものを自在に取り寄せられるのですか? それはつまり、金庫からお金を盗むことも可能ということでは? その辺りの管理体制はどうなっているのですか?」


 それは、真理愛の危惧していた通りの質問だった。


 根拠もなく他人を犯罪者予備軍扱いしてくる言動には腹が立った。


 でも、仕方ないのかもしれない。仮に、念じるだけで人を殺せる能力者がいれば、やはり怖いだろう。


「ふっ」


 俺が気落ちするのを見透かしたように、画面の向こう側で早百合部長が笑った。


「それは、彼の者に拘束と監視が必要ということかな?」

「否定はしません」

「ならば、貴君にも拘束と監視が必要だな」

「それはどういうことですか? ご説明ください」


 憤慨する記者に、早百合部長は涼し気な笑みを返した。


「誰だって人は殴れる。貴君も、そこの人も、あそこの人も、ここにいる誰だって傷害事件を起こすことができる」


 記者たちひとりひとりを手で指しながら、言葉は朗々と続いた。


「犯罪を犯す力があるから拘束と監視が必要と言うならば、人類全てが犯罪者予備軍であり拘束と監視が必要だ。それをしないのは、お互いの信頼であり、ペナルティは問題が起きてから与えるものだからだ。彼だけ信頼の輪から外し、無実の罪で拘束することを是とするなら、それは個人への虐待でしかない」


 ――ッッ。


 早百合部長の言葉が、俺の心を熱くさせた。


 このようなことを言う大人を、俺は知らない。


 大人は体の大きな子供で、自己中で排他的で日和見主義で世間体の為に子供を犠牲にする存在だったはずだ。


 親にも教師にも、大人から守ってもらったことのない俺にとって、早百合部長は、初めて目にした、保護者の姿だった。


「しかし、その上でなお、該当テレポーターには極めて高い戦闘力を持った能力者を監視に付け、テレポーターが悪事を働けば実力行使で止めるよう厳命しています。私は否定的でしたが、テレポーター自身がそれを望みました」


 それはちょっと盛った話だ。


 けど、結果としてはそうなっている。俺は桐葉の監視を望んでいる。むしろ、彼女を手放したくない。


「また、誰もが躊躇うサイコメトリーを、自ら一日も欠かさず受け、前科が無いことを証明し続けています。テレポーターは、きちんと皆を信頼の輪に入れてくれる、優しい人物ですので」


 記者団は、ばつが悪そうに黙り込んだ。

 ぐぅの音も出ないとはこのことだ。

 その様子には、俺は胸がスカッとした。


「他に質問はありますか?」

「ぐっ、では、財政再建を担うものとして、現政権についてどう思われますか?」

「どうとは?」

「もちろん、この未曽有の財政破綻を引き起こした政権に対する評価です」


 記者は、早百合部長をギャフンと言わせたいという欲望を露わにした妖しい目つきで、往生際悪く食い下がってくる。


 何か叩く材料を手にしないと帰れない、そんなドス黒い使命感で頭がいっぱいなのは見え見えだ。


 けれど、早百合部長は落ち着いた表情だった。


「この場で私からコメントすることはない」


 記者が、嬉々として前のめりになった。


「逃げるのですか?」

「特定の答えを引き出したい質問に意味はないし私は政治評論家ではない。貴君好みの記事を書きたければ懇意な政治評論家に依頼すればいい。貴君に都合のいい評論で余白を埋めてくれるぞ」

「今のは侮辱ですよ!」

「では、私のSNSに今の動画をアップしよう。私と貴君の顔と名前と所属の情報を載せてな」


 記者は怯み、青ざめた。


「お、脅すのですか?」

「脅すも何もこの映像は国営放送で生中継されているぞ? 自分の顔が流れるのが嫌なら覆面を被ってきたまえ。それに私だけ個人を特定されているのに記者は特定されない。これは不公平ではないか?」


 早百合部長の毅然とした態度、その目力と声力は画面越しでも息を呑む程だった。


「し、質問を撤回します……」


 記者は前かがみで縮こまり、後ろに下がった。


 以降、早百合部長に質問する人は、誰もいなかった。


 まるで、動画サイトのスカッと系動画のような展開に、俺は痛快な気分だった。

 詩冴と桐葉も、声を弾ませた。


「早百合部長やるねぇ」

「あはは、記者さんが可哀そうなくらいっすね」

「そういう詩冴だって顔が笑っているぞ」

「そうっすか? でもこれで、ハニーちゃんは安心して眠れるっすね」

「まぁ、ハニーを脅かす奴は全部ボクがやっつけるけどね」


 桐葉は悪い笑みを浮かべて、五指に半透明の毒針を形成した。


「自重しろい」


 俺が空手チョップの寸止めでツッコミを入れると、桐葉がチョップにおでこを当ててきた。


「おでこタッチ♪」


 ちゅっとくちびるを尖らせた桐葉が可愛い。


 それに、手に桐葉の体温を感じて、俺はチョップを引っ込めた。


「あ、ハニー照れてる。かわいい♪」

「からかうなよ」


 俺が怒っても、桐葉は喜ぶばかりだった。

 桐葉の逆隣で、詩冴が頭を悩ませた。


「う~ん、これって監視なんすかねぇ?」


 誰がどう見ても、彼女とイチャついているだけだった。


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 本作を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー5119人 39万3000PV ♥6340 ★1838

 現代ファンタジー 週刊2位→1位  5日間連続日間1位 

 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 5位→4位


 今までいくつも作品を投稿し、現代ファンタジーやラブコメなど、個別ジャンルではベスト10に入りましたが、総合ランキングでベスト10に入ったこと、フォロワーが5000(ハーフ1万)に達したこと、日間と週間で1位を取ったのは、本作が初めてです。

 重ねてありがとうございます。物理的に皆さんのおかげです。

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