第110話 針霧桐葉は倒れない
「ボクは大丈夫だよ、ハニー」
「こっちも片付いたわよ」
美稲の声に振り向くと、敵機の姿は無く、代わりにドーム状のコンクリート塊が形成されていた。
きっと、あの中に閉じ込めているんだろう。
「流石だな」
不意に美稲が、あっ、と声を上げた。
「そうだ早百合局長! 確かあの人、生身で!」
俺らの視線の先では、四肢を投げ出した敵機をバックに、こちらへ悠然と歩み寄って来る早百合局長の姿があった。
俺と美稲は青ざめながら、口を半開きにしてしまった。
「えっと、あれはどうやって?」
俺の問いに、早百合局長は眉ひとつ動かさずに喉を鳴らした。
「ふむ、時間稼ぎのために投げ技を繰り返していたのだが、動かなくなってしまったのだ。おそらく、パイロットが脳震盪を起こしたのだろう。まったく、108回程度で情けない」
――煩悩もなくなったのかな?
「でもハニーは凄いよ。さっきの新技? あいつの予知を覆すなんて、映画の主人公みたい」
「いや、あれは伊集院の自滅だよ」
床でのびている伊集院を一瞥してから、俺は息をついた。
「さっきあいつは『気が変わった』つまり、予定とは違うことをしたんだ」
美稲が手を叩いた。
「あ、そっか。伊集院君の予知って、行動を変えると的中率が下がるんだっけ」
「美稲の言う通りだ。あのまま俺を確実に殺しておけば、桐葉も美稲も、そして早百合局長も助からなかったと思う。だけど、あいつは俺を苦しめるために、わざと俺の前で桐葉を殺そうとした。そのせいで俺が新技に目覚めてあいつは負けた」
「まさに自業自得、というわけか。さて、そろそろ警察が到着するだろう。それと美稲、念のため、私が倒した奴にも拘束を頼む」
「わかりました、ッッ!?」
美稲が床を蹴ると同時に、床からコンクリートの壁が飛び出した。その寸前、敵機が跳ね起きて頭上へホバリング。
空中からこちらにガトリング砲を向けてきたのが見えた。
猛り狂う鋼の絶叫とコンクリートの破砕音に、俺らは反射的に顔をしかめて耳を塞いだ。
弾幕がやんでから聞こえたのは、翻訳機能を使った電子音声だった。
『日本人は本当に甘くて、ぬるくて、騙されやすいな。戦場では相手の息の根を止めるまでは油断は禁物だ。接近戦では敵わなかったが、距離を取ればいいマトだ』
寒気がするような、気持ちの悪い語調だった。
黒いフルフェイスヘルメットで表情はわからないが、おぞましい表情で笑っていることが容易に想像できた。
「……ほう、これは面妖だな。貴君から意識は感じなかったが?」
『真のエージェントをナメないでもらいたい。疑似的な気絶くらいできる。なんなら眼球運動も擬態できる。お望みながら完成された死んだフリでもお見せしようか? これから死ぬお前たちに見せる機会はないだろうがね』
まるで幽霊のように体温を殺した声に、俺は言い知れぬ恐怖を感じた。
これが、伊集院とは違い、専門的な殺人技術を身に着けた男の狡猾さというものか。
「それはご苦労なことだ。望まずとも人は100年と待たずに死ねるのに。生きているうちから予行演習とは頭が下がる。だが、ひとつだけ訂正させてもらおう。ここは戦場ではなく学び舎だ」
『負け惜しみを。そっちは死にかけと生身と役立たずが二人。麻雀ならロンといったところかな?』
悔しいけれど、あいつの言う通りだった。
桐葉は重症、早百合局長も遠距離戦が続けば弾幕を避けきれないだろう。
俺のテレポートはあの機体に通じないし、美稲の能力も空を飛ばれたら効かない。
警察の到着まであと少しなのに、こんなところで終わるのか。
僅かな絶望感に心が屈しそうになると、誰かが体育館の入り口からこちらに駆けてきた。
ちょうど美稲の再構築した壁が死角になって、敵は気づいていないらしい。
でも、俺はその人物の登場に、目を丸くした。
「お前、どうして?」
彼女は桐葉に飛びつくと、赤く裂けた腹部に手を触れた。
「ばっかじゃないの!? 地下から走ってきたのよ! 友達を見捨てられるほど、あたしが薄情な奴だとでも思った!?」
『さぁ、警察が来る前に片づけようか。日本人の血の色を見せてくれ!』
「自分の血でも見ていろよ!」
完全形態の桐葉が飛び出し吼えた。
両腕の鋭利なブレードを光らせ、100分の1秒とかからず敵機と交差した。
根元から切断された四肢が床を転がり、胴体が糸の切れた操り人形のように重力に縛られた。
だが、桐葉は落ちる自由すら許さない。
音速の動きで胴体部分を抱え込んだ桐葉は、そのまま頭上へ掲げて、左右からコックピットを押し潰した。
機体はまるでプレス機で圧縮されるようにメリメリと音を立ててひしゃげていき、パイロットの悲鳴が体育館に木霊した。
「相手の息の根を止めるまで油断は禁物だっけ? 悪いけど、ボクはお前の血で汚れた手でハニーの赤ちゃんを抱きたくないんだ。命はだけは助けてあげるよ」
冷淡な言葉を浴びせた桐葉は、潰れたコックピットを床に叩きつけると、右腕のブレードを風防に突き刺した。
「劇薬毒を喰らいなよ」
「■■■■■■■■■■!」
半壊したスクラップの中から、断末魔の叫び声が途切れた。
侍が刀の血振りをするように、腕のブレードを床に振ると、凱旋するような足取りで戻ってきた。
「助かったよ茉美。おかげで、最後はきっちりキメられた」
「どういたしまして。あたしもこっそり戻ってきた甲斐があったわ。それと育雄、見ていたわよ。あんた、桐葉を守るために随分頑張ったみたいじゃない。偉い偉い」
ぐいと俺の頭を抱きかかえると、茉美は大型犬でも相手にするように、わしわしと俺の頭をかき回してきた。
かなり恥ずかしいのだが、あごが茉美の巨乳に当たっているので、されるがままにしておく。あと、凄くいい匂いがする。
でも、優先すべきことを思い出したので、俺は巨乳の誘惑から脱した。
「それより桐葉ズルくね? その恰好どうみてもアメコミヒーローじゃないか」
「え?」
桐葉は戸惑うように、まばたきをした。
「ちょっとその恰好のまま美稲をお姫様抱っこしてくれよ」
「う、うん」
言われるがまま、桐葉は美稲をお姫様抱っこした。
その姿は、どう見てもヒロインを助けるヒーローそのものだった。
「ぐっ、かっこいい……俺よりも桐葉のほうがカッコイイ……」
俺が敗北感に打ちひしがれていると、茉美がぽんと肩を叩いてきた。
「まぁほら、元から釣り合いが取れないカップルだし、今さらでしょ?」
「もっとオブラートに包めよ!」
「う~む、ジャパンヒーローリーグでも作るか? 単騎戦担当針霧桐葉。面制圧担当内峰美稲。治療担当三又茉美。情報担当有馬真理愛。移動担当奥井育雄の五人でどうだ?」
「俺ただの運転手ですよねそれ!?」
早百合局長に激しくツッコんだところで、機動隊が体育館に流れ込んできた。
そして、彼らは言った。
「……あの、これはどういう状況ですか?」
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お・ま・け 美稲視点
『真のエージェントをナメないでもらいたい。疑似的な気絶くらいできる。なんなら眼球運動も擬態できる。お望みながら完成された死んだフリでもお見せしようか? これから死ぬお前たちに見せる機会はないだろうがね』
美稲は思った。
――気絶の練習風景ってどんな感じなんだろう……。
上官から眼球運動のダメ出しをされる光景を想像しながら、美稲は複雑な気持ちになった。
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桐葉がコックピットを頭上でプレスして潰すシーンは、旧映画版ブロリーをイメージしました。
本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
フォロワー11242人 284万3295PV ♥40756 ★5594
達成です。重ねてありがとうございます。
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