第37話 一緒に帰るか?


 ――美稲。


 彼女の言葉に、深く共感させられた。


 それは、俺も同じだった。


 俺の学園生活は、ただの地獄だった。

 いわゆるスクールカーストの一軍が教室を牛耳って、かと言って他の生徒が哀れな被害者かと言えばそうでもない。


 他の生徒も、互いにマウントや揚げ足を取り合って、少しでも自分が優位になるようにしか考えていなかった。


 他人を尊重し協力する仲間ではなく、組み敷いて優越感に浸る踏み台にしたがる。


 お花畑理論と言われるかもしれないが、実際、互いに仲良くして協力し合えば、そこは素晴らしく居心地の良い空間になるはずだ。


 なのに、誰もが自らの意思で加害者となることで、誰もが被害者になっていた。

 でも、ここにはそれが無い。


 俺も、このままこのメンバーで仕事を続けられたら、学校なんていらない。


「ミイナちゃんにそんな過去があったなんて! ミイナちゃんはもっと自分に正直になるっすよ。そう、シサエのように!」

「お前はもっと相手のことを考えろ。桐葉の時だって相手の気持ちを考えないからウザがられたんだぞ」

「え、じゃあ相手のことを考えて脱げばいいっすか?」

「なんでそうなるんだよ!?」


 せっかく感動的な気分だったのに、台無しだ。


「いやだってハニーちゃんにはそれが一番かなって」

「コラやめろ。お前は俺をなんだと思っているんだ!?」

「エロパワーでアポート成功させたえっちちゃんっす」

「ハニーはえっちだよ」


 いつの間にか桐葉と麻弥が戻ってきていた。


「うっわ裏切るのか桐葉!?」

「裏切ってないよ。ボクはえっちなハニーが好きだもん♪ ハニーにならいつでもおっぱい枕してあげるからね♪」

「してもらったことがあるみたいな言い方やめろよ!」


 俺がチョップのポーズを取ると、桐葉は素早く頭突きをかましてきた。嬉しそうに、きゅっと目を閉じた顔で。可愛い。


「ていうかぁ、もしもシサエがウザいならなんでハニーちゃんはいつもシサエに付き合ってくれるんすか? 仕事だからっすか? シサエとハニーちゃんはビジネスライクでドライな関係なんすか!? それともおっぱいでっかい子と喋れたらなんでもいいんすか!? ハニーちゃんはおっぱい国民なんすか!?」

「悪意しか感じない!」


 長引かせても百害あって一利なしなので、俺は辟易としたため息をつきながら答えた。


「俺はお前とゲームの趣味が同じだし、仕事中、手が空いているときに喋ってくれると暇がつぶれて助かるし、詩冴が動物と戯れているのは【可愛い】し、俺は一人遊び以外下手だからお前が発起人になってくれると助かるからだよ。でも、それは俺だけであって他の人からするとウザいから気を付けろよ、て、どうした?」


 詩冴は、両手を頬に当てて身をくねらせていた。

 彼女の指先が、俺のわき腹を強めに突っついてくる。


「えへへぇ~、えへへへぇ~。このこのぉっす、ゴールデンウィークが終わったらお昼はシサエが作ってあげてもいいっすよ」

「それはボクの仕事だからダメだよ」

「ハニー君て大人気だね」

「一歩間違えたらヘイト炎上案件だけどな」


 俺は苦笑った。

 ――ん?


 その時、休憩スペース横の廊下を、坂東らしき人物が歩いているのが見えた。


 向こうもこっちに気が付くと目が合った。


 見慣れない坊主頭に私服だったけど、不自然に目を逸らしたから、間違いないだろう。


 ――ゴールデンウィークに男一人で水族館か……。


 もちろん、お一人様が悪いとは言わない。


 でも、いつも取り巻きたちを侍らせ、年齢イコールボス歴みたいな坂東が、一人寂しく水族館をウロついているのは、なんだか落ちぶれた感があった。


   ◆


 夕方になると、俺らは水族館を出て、それぞれの帰路に着くはずだった。


 けれど、不意に詩冴が背後から抱き着いてきた。


「ハニーちゃん、テレポートで送って欲しいっす」

「横着だなぁ。俺だって移動で滅多に使わないのに」


 正直、どこに行くのにもテレポートなんて使っていたら、運動不足で肥満か虚弱体型になってしまう。


 ただでさえ桐葉とは顔面偏差値で釣り合っていないのだから、体型ぐらいは釣り合いたい。


 でないと、それこそ美女と野獣どころか美女とバケモノだ。


「ハニーちゃんに送って貰うっていうのがいいんじゃないっすか。ハニーちゃんとデートした女子の特権っす」

「はいはいわかったよ。みんなも住所さえ教えてくれればテレポートで送れるぞ」

「おうハニーちゃん。そうやってさりげなく女の子の住所を聞き出すなんてやるっすね」

「送ってやらないぞ」

「ぃやん、冷たくしないでっす」


 詩冴は、ますます俺の背中に甘えてきた。


「ッ、恥ずかしいから離れろよ」


 詩冴の身体には、無視できないふくらみがあるので、あまり強く抱き着かれると意識してしまう。今、舞恋にサイコメトリーされると、非常にまずい。


「ではハニーさん、私もテレポートをお願いしていいですか?」

「麻弥もお願いするのです」

「じゃあわたしも」

 


 三人に住所のデータを見せてもらうと、三人には看板の陰に隠れてもらってから、自宅前にテレポートさせた。


 深く考えずにテレポートさせてしまったけれど、もしも通行人がいたら驚かれているだろうな。


「ほい次、詩冴な」

「また明日っす~♪」


 手を振りながら、詩冴は姿を消した。

 看板の裏が見える位置の通行人が、一瞬、不思議そうな顔をした。


「じゃあ次は美稲だ」

「いや、私はいいよ」


 そう言って、美稲は首を横に振った。


「なんで? ハニーに送って貰えば楽だよ?」

「うん、それはそうなんだけどね。なんだか、すぐに帰るのがもったいなくて。歩いて帰りたいんだ。今日、みんなと過ごした時間を思い出しながら」


 美稲は、満ち足りた顔でそう言った。


「じゃあ、駅まで一緒に帰るか?」

「うん」


 美稲はにっこりと微笑み、ハーフアップの髪を揺らしながら、愛らしく頷いた。


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 本作を読んでくれてありがとうございます。

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 8日連続現代ファンタジー週間1位

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 達成です。重ねてありがとうございます。

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