第40話 主人公!


 この方が【戦いやすい】だけだ。


「坂東君の目的は? 私をどうしたいの?」


「んなもん決まってんだろ。オレと奥井、どっちが上か、お前の下半身に刻み付けてやるんだよ。そんで、お前にはオレをバカにした罪を償わせてやるよ。感謝しな。お前みたいに顔とカラダがそそるだけの八方美人が氷帝と恐れられたオレの優秀なDNAを貰えるんだ。ありがたい話だろ」


「悪いこと、する気なんだ」

「いやよいやよも好きのうちか? お前だって、本当はオレに襲われるのを期待していたんだろ? 喜べよ、オレのモンスター級のでガン突きして頭ん中パーになるまで種付けしてやるよ」


「う~ん、それはやめたほうがいいと思うなぁ。だって私強いから。たぶん、運動部の男子1000人が同時に襲い掛かっても、10秒かからないと思うよ」


 脅しではない。


 美稲は、物質を高速で分解し、再構築できる。


 地面を鋭利な石の柱に再構築して、地面から突き出させるなど朝飯前だ。


 1000人の男子が彼女に襲い掛かれば、串刺し死体の森ができるだけだ。


「なら教えてやるよ。オレの精力はそこら雑魚の10000人分だ!」


 刹那、坂東の足元から、氷が地を奔ってきた。


「わおっ」


 美稲は、軽くジャンプして、それをやり過ごす。スポーツ万能の彼女にとっては、朝飯前だ。


 氷はどこまでも広がり、公園中の地面を覆いつくしていく。


 まるで、アイススケートリンク上にいるような気分だ。


「へぇ、結構出力あるんだねぇ。でも、氷じゃお姉さんに勝てないぞ」


 美稲は、靴先で、足の下に広がる氷をトンと叩いた。


 ――もちろん殺したりなんてしない。先端の丸い石の柱をみぞおちに叩き込んで、怯んだところを警察に通報させてもらうからね…………え?


 美稲は、驚愕の瞳で地面を見下ろした。


 力が発動しない。


 静寂の中で、坂東が邪悪な笑みで口角を上げた。


「氷の下の地面から石の槍でも出そうとしたか? それともオレの氷そのものをどうにかしようとしたか? でも残念だったな、お前の能力は使えねぇよ!」

「ど、どうして、坂東君、何かしたの?」


 指でデバイス画面をタップすればバレるので、小声による音声操作で、通話アプリを起動させながら、美稲は時間を稼いだ。


 警察が来るまではおよそ5分。それまで、坂東を抑えておけるか。


「単純な話だ。お前ら変化形の能力は、超能力に干渉できないんだよぉ!」

「そんな!?」


 初耳の話に、美稲が驚くと、坂東は機嫌を良くした。


「オレよぉ、ガキの頃から色々な能力者とバトって来たんだよ。その中で、触ったモノの形状を変えられるって、まぁお前の下位互換みたいな奴がいたんだけど、そいつ、オレの氷を変形させることができなかったんだよ。その時に知ったんだよ。オレらの能力の法則って奴を。つまり、この公園にはもう、お前の味方はいないんだよ、どこにもなぁ!」


 美稲は息を呑みながら、助けを求めるように、周囲へ視線を巡らせた。


 地面が、噴水が、木々が、みるみる氷に侵食され、覆われていく。


 まるで、公園そのものが美稲の心であるかのように、氷の浸食に比例して、彼女は恐怖に駆られた。


 今まで、彼女が平静でいられたのは、いざとなればいつでも勝てるという安心感があったからだ。


 だが今は、まるで安全装置を外して撃鉄を起こした銃を突きつけられてから、自分が防弾チョッキを着ていないことを知ったような感覚にも似た危機感があった。


 ――そんな、何か、何かないの!?


 土でも石でも木でもなんでもいい。だが、つかめるものは空気しかない。


 空気を再構築して、坂東の周りから酸素を無くすか。いや、美稲のレベルでは、まだ気体の再構築はできない。


 手持ちの荷物や衣服も、武器になるものはない。


 能力を完全に封じられて、美稲は震える声で叫んだ。


「警察を呼んだわ。早く逃げないと、氷帝の経歴に瑕がつくわよ!」

「男女の痴話喧嘩に警察が介入するかよ。民事不介入って言葉知らないのか?」


 やはり、今の坂東に話は通じない。彼は、自分に都合のいい妄想の世界で生きているのだ。


 いや、今に限らず、坂東亮悟という男は、元からそういう気質があった。


 彼も、一般常識は知っている。


 けれど、超能力者の自分は選ばれし特別な存在で、周りが自分にかしずくのが当たり前。


 親が子に、教師が生徒に【懲罰権】を持つように、自分は他人を、たとえば奥井育雄をどうしようが自由で、それは上級国民たる自分の権利だと思ってきた。


 今は、そうした思想が爆発しているのだ。


 美稲は素早く振り返って走り出した。


 靴底を分解再構築して、滑らないよう北海道仕様にしたおかげで、思い切り走れた。


「逃がすかよぉ!」


 パチンと、指を鳴らす音が聞こえた直後、背中に体当たりを受けたような衝撃が走って、美稲は大きく前のめりに転んだ。


「きゃっ!」


 氷に打ち付けた手と顔に、斬りつけるような冷たさが刺さった。


 バスケットボール大の氷塊が、カーリングのストーンのように、目の前を滑っていく。


 痛い。上半身に力が入らない。


 背骨が折れてしまったのではと錯覚するような痛みで、美稲はその場にうずくまってしまう。


「はは、いい格好だな。そのまま寝てろよ、いや、自分から服を脱いだら、少しは優しくしてやるよ」


 ――いやだ。


 冷たい氷の上で、美稲は絶望しながら涙腺を熱くした。


 こんなのはいやだ。

 自分はこれから幸せになるんだ。

 もう嘘をつかなくていい人たちと、大好きな人たちと、自分の居場所になってくれる人たちと、楽しい思い出を作っていくんだ。

 間違っても、こんな男に汚されるようなことには、ならないはずなんだ。


「オレの初めての相手になれることに感謝しな!」


 人型の寄生虫も同列の存在が、確実に迫ってくる。


 警察が来るまで、あと4分。

 坂東は4分後、警察に逮捕されて牢獄行きだ。


 でも、自分が犯されるには十分な時間だ。


 こんな男に、肌を見られる。

 こんな男に、初めてを奪われる。

 こんな男に、体内を遺伝子で汚される。


 そんなことになれば取り返しがつかない。過去は変えられない。残りの人生を、どんな顔でみんなと過ごせばいいのか。


 ――奥井君……。


 優しい彼の顔を思い浮かべながら、美稲は叫んだ。


「奥井君! 助けて!」

「こんな時に他の男の名前呼んでんじゃねぇよ! 脚開け!」

「いやぁあああああああああああああ!」


 坂東の手が足首に触れようとして、美稲は身を引き裂くような悲鳴を上げた。



 その直後、坂東の姿が消えた。


 いや、50メートルほど遠くにいた。一瞬前と、同じポーズで。


 何が起こったのかわからない。


 助かった。いや、時間が伸びただけだろうか。


 心臓が恐怖で震え、戸惑いながら上半身を起こすと、頭に優しいぬくもりが触れた。


「もう大丈夫だ」


 誰よりも聞きたかった温かい声を見上げて、美稲は安堵で大粒の涙を流した。


「バトル漫画なら最強チートのテレポーターが助けに来たぜ」

「奥井君!」



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 本作【スクール下克上・ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで本作は

 フォロワー7003人 70万1000PV ♥11400 ★2722

 11日連続現代ファンタジー週間1位

 14日連続現代ファンタジー日間1位

 月間総合ランキング 6位→5位

 レビュー人数1000人突破

 を記録しました。

 重ねてありがとうございます。

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 本作は第6回カクヨムWebコンテストの現代ファンタジー部門に参加中なので、応援してくれると嬉しいです。

 

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