第12話 氷帝VS金色の乙女
「当然さ」
氷使いの坂東が熱くなる一方で、針霧は冷徹な態度を返した。
「早百合部長から聞いたよ。育雄は、自らサイコメトリー検査を望んだって。個人情報は見ないでくれ、なんて口約束すら交わさずにね。彼ほどの人格者はいないよ」
あまりの評価に、胸の奥がくすぐったい。それは褒め過ぎだ。
「ぐっ……」
坂東が気まずそうに口を閉ざすと、針霧はトドメを刺すように言った。
「それと、彼にボディーガードが付く理由を知りたがっていたね。そんなの、彼がVIPだからに決まっているじゃないか。ボクら戦闘班の仕事は【要人】警護。そして彼は世界唯一のテレポーターだよ? 彼の人柄も能力も、人類の財産だ」
「俺のアイスキネシスを馬鹿にしてんのか!?」
「ボクはお前らと違って、他人の悪口を言うのが嫌いなんだ」
「てめぇ、ブッコロスぞ! 表出ろ!」
ここは三階だけど、坂東は勝手に窓を開けると、そこから氷の滑り台を校門前まで伸ばした。
斜面を踏みつけ、スノーボーダーのように滑り降りると、校門前でがなった。
「さっさと降りてこい! テメェも戦闘系ならオレとシロクロつけろ!」
もう、理屈が無茶苦茶だ。
「針霧、あんな馬鹿無視していいぞ」
「それは下策だよ。ここで引いたらナメられる。ナメられたらキミの危険が増える。ボクはキミのボディーガードだから、キミの危険は増やせない。こういう時は力の差を見せつけるのが一番なんだ。それも、圧倒的な」
言って、彼女は窓枠に足をかけて、一息に跳び出した。
三階の高さから飛び出し、スカートを翻してスパッツを俺に見せつけながら、彼女は地面に着地した。
――凄い身体能力だ。もしかして、肉体強化系か?
俺を含めたクラスメイトは、全員窓にへばりついて、二人の戦いを観戦し始めた。
担任も、最前列に立っている。お前は止めろよ。
「よくビビらずに来たな。その勇気だけは褒めてやるよ。いや、それとも知らないだけか? この、氷帝坂東亮悟様の恐ろしさを!」
どこのバトル漫画から引用してきたんだというようなセリフを並べる坂東のダサさには閉口するも、針霧の身が心配でならない。
坂東は性格こそ最悪だけど、実力は本物だ。
取り巻きの言う通り、不良が100人束になっても、坂東には勝てないだろう。何度か、同じ戦闘系能力者と喧嘩になったこともあるけど、負けたことはない。
針霧は、俺のボディーガードとして早百合部長が派遣してくれた子ではあるものの、俺の護衛は形だけのものと言っていた。
それほど強い人材を寄越すとは思えない。
坂東がなおも色々とまくし立てる一方で、針霧は、校長の長話を聞く生徒のように興味無さげな顔だった。
そして、
「弱い犬ほどよく吠えるって、小学校で習わなかったの?」
その一言で、坂東の堪忍袋の緒が切れた。
「ッ、死ねぇええええええええええええええええええええ!」
坂東が両手を突き出すと、その手の平に氷が生じた。バキンと音を立ててバスケットボール大に成長した氷塊は、矢のような勢いで放たれた。
――やりやがった!?
骨折必至、当たり所が悪ければ十分に死ねる一撃に、俺は一瞬、肝を冷やした。
針霧に防御能力がなければ、次の瞬間には無残な光景が待っている。
俺のテレポートで彼女を避難させようとした刹那。
パァッーン!
と音を鳴らして、氷塊は針霧の掌に激突した。
彼女は微動だにせず、眉ひとつ動かさず、冷厳な瞳で、氷の砲弾を苦も無く受け止めていた。
驚愕する坂東の視線の先で、細い五指が食い込んで、氷塊が砕け散る。
「……これだけか」
つまらなさそうに言い捨てると、彼女の身体は突如、上空へ浮かんでいく。
――超腕力に飛行能力。重力使いか?
俺が彼女の能力を推理している間も、坂東の攻撃が止むことは無かった。
「いいマトだなおい!」
坂東は両手から、ゴルフボール大の氷弾を連続で発射した。
それなりに密度のある弾幕は、けれど彼女には当たらない。
針霧は、それこそ重力を操るように、なんの予備動作もなく、360度あらゆる方向に滑り、弾幕をすり抜けていた。
まるで宙を舞う妖精のように軽やかで優雅な針霧とは違い、地上の坂東は平静さを失い、いきり立った。
「この野郎! 降りてきやがれ! 正々堂々勝負しろ!」
その言葉を無視して、針霧は坂東を指さすや否や、指先から水流を放った。
速い。
まるで弾丸のような勢いで、気づいた時には、坂東は頭から被っていた。
「ぶはっ! なんだこれ! 接着剤か!? 体が固まる!」
坂東はおかしなポージングのまま体が固まり、髪もバリバリだった。
「ほい」
針霧が、釣り竿を振り上げるように手を振りかぶると、石膏像と化した坂東はコンクリートから引きはがされて、空に吊り上げられた。
「うわぁああああ!?」
「ほいほいほい」
無感動な声で、針霧は指揮者のように手を振り、リズムに合わせて坂東は宙を転がり、何度もコンクリートに叩きつけられていく。
その姿は、針霧が坂東亮悟という名のムチで地面を叩くようにも見えた。
「ぎゃっ! ぐえぇっ! がはっ! げぁっ!」
針霧は腕を組んで休み、遥か天空から坂東を見下ろした。
「そろそろ負けを認めたら?」
「だ、誰がテメェみたいなクソ女に!」
「じゃあいいよ。勝手に終わらせるから」
言って、彼女は右手で銃の形を作った。撃鉄を模した親指を前に倒すと、坂東は絶叫した。
「ぎゃあああああああ! いっ、痛いぃいいいい! 痛いぃいいい! ッッッ――」
絶叫は不意に途切れて、坂東は白目を剥きながら、水面近くで酸素を求めてもがく金魚のように口をパクパクと動かした。
「救急車なら呼んでおいたから大丈夫だよ」
誰もが坂東の急変ぶりに言葉を失っていると、彼女は宙を滑るように戻ってきた。
「針霧、お前、何したんだ?」
超身体能力に飛行能力、接着液体に念動力、そして坂東の症状。
彼女の能力は、まるで見当がつかなかった。
でも、俺が真剣な顔で針霧をみつめていると、彼女は上機嫌に笑みを浮かべた。
「ひーみーつ♪」
まさに、小悪魔的な笑みだった。
怪しくて怖くて、だけど、可愛いと、魅了されてしまう。
「じゃあ聞くけど、お前、いくつの能力を持っているんだ?」
「1つだよ」
「1つ!? いや、お前だって――」
食い下がる俺の言葉を遮るように、針霧は距離を詰めながら口を開いた。
「それと、ボクのことは桐葉って呼んでくれる? 針霧って名前、好きじゃないんだ」
キスの射程圏内から香る、ハチミツの甘い匂いと笑顔に、俺は息と疑問を飲み込んだ。
救急車のサイレンが届く頃、俺の意識は、彼女の金色の瞳の奥にあった。
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