第189話 桐葉とのデート


 桐葉とのデートは楽しかった。


 2組の教室へ行くと琴石が妙に興奮しながら桐葉と話し、(こいつ絶対桐葉のこと好きだろ)、脱出ゲームでは桐葉無双で速攻で脱出できたのだが、最後の関門で二人きりという状況に気づいた桐葉が抱き着いてきて凄くドキドキした。


 体育館の縁日ではあらゆる出店を桐葉が総ナメ、周囲の観客を大いに沸かせた。

 そうして、桐葉とのデートも残り10分というところで、桐葉は縁日のクレープ屋に目をつけた。


「ハニー、ふたりで違う種類選んであとで間接キスしよ♪」

「ストレート過ぎる!?」


 満面の笑みで恥ずかしげもなく恥ずかしい要求をしてくる桐葉に負けながら、俺はバナナクレープを選んだ。


 すると、桐葉はチョコクレープを選んだ。


 あとで口の中がバナナチョコクレープ味になることを期待して、俺はムラムラ、じゃないドキドキした。


「中庭のベンチで食べよっか」

「おう」


 桐葉に手を引かれて、俺は体育館の出入り口から中庭に出た。


 異能学園の中庭は広々としていて、普段は生徒たちの憩いの場になっている。


 学園祭の今日も、休憩スペースとして大いに利用されている。


 ベンチでは他の生徒や一般客が出店で買ったものを食べ、女神像や木の下では、どこへ行くか相談し合う人の姿が見られた。


 皆、とても楽しそうで、祭りの空気が抜けなかった。


「あ、待って」


 桐葉がベンチに座ろうとすると、俺は家から長いタオルをアポートして、ベンチに敷いた。


 前に、映画で見たシーンの真似だ。


 俺らしくもない行動に、だけど桐葉は頬に手を当て目元をトロけさせて喜んでいた。

 身をゆすりながら、


「ハニーの愛を感じちゃう」


 と、小声で呟いている。

 そこまで喜んでもらえれば本望だ。

 俺がベンチに座ると、桐葉はすぐ隣に腰を下ろして、肩を寄せてきた。


「えへへ、ハニィ」


 桐葉が子供のように甘えてくれると嬉しくて、俺も彼女に体重を寄せた。


 転校してきたときの桐葉は、他人に無関心で、無愛想で、友達なんていらないと言っていた。


 ハチの能力を嫌われて、長年いじめられていたなら仕方ないだろう。


 彼女にとって他人は自分を攻撃してくる忌むべき存在なのだから。


 だけど、彼女は本当に孤独を愛する狼なわけじゃない。


 心の奥底では、他人とのつながりを求めていた。


 それを、どうせ自分は嫌われる。


 なら、最初から何も望まないと、世界を拒絶した。


 その桐葉が、こうも全力で甘えてくれる。


 それは、俺への信頼であり、彼女が幸せな証拠だ。


 バカップルと思われてもいい。


 俺は、好きなだけ桐葉とイチャラブしたかった。


 大好きだぞ、桐葉。


 そう言おうとして、先に桐葉が穏やかな口調で言った。


「ハニー……ボクね、今がすごく幸せだよ……」


 さっきまでの幼い甘え声ではない。

 まるで、長年連れ添った老夫婦が思い出に浸るような、深い声音だった。


「早百合次官に、キミの護衛をするよう言われた時、キミに初めてであった時、まさか、こんなに幸せな時間を過ごせるだなんて思わなかったよ……これも全部、キミのおかげだ……」


 年齢不相応な無邪気さの後に彼女が見せたのは、反対ベクトルで年齢不相応な大人の顔だ。


 幼い笑みはなりを潜め、戦いに疲れ切った戦士がこぼしたような、哀愁漂う微笑を浮かべていた。


 これは、桐葉が後天的に獲得してしまった一面だろう。

 本来は無邪気で好奇心旺盛な少女であったろう桐葉。


 だけど他人から拒絶されて、辛くて、苦しくて、悲しくて、そうした日々で研ぎ削られて生まれた鋭利な一面だ。


 愛する恋人と親友を手に入れても、一度身に着いた一面は変わらない。

 辛い過去を思い出すたび、比較するたび、彼女はふと、大人に戻ってしまう。

 これだけは、俺にもどうしようもない。


「俺のおかげか、そう言ってくれると嬉しいよ。でもな、俺だっていつも桐葉に救われているんだぞ。昔の俺はみんなから嫌われて、ソロ充を気取っていたボッチで、いつも息苦しかった。なのに桐葉が大好きって、初めて俺を愛してくれたんだ」


「それが今でもわからないよ。ハチのボクを受け入れてくれるくらい優しいキミが愛されないなんて、世間の女は見る目がないね。でも、キミには悪いけどキミが独りぼっちでよかったよ」

「なんでだ?」


 桐葉はくちびるで三日月を作り、からかうように笑った。


「だって、キミが彼女持ちだったらボクと付き合えないじゃないか」


 おどけながら、彼女は食べかけのクレープを俺の口に突っ込んできた。

 その甘い味と間接キスという官能的な刺激とは裏腹に、申し訳ない気持ちで胸が痛くなった。


「いや、えっと、そのことにつきましては、ハーレムを許してくれて感謝しています針霧本妻桐葉様」

「ふふ、どういたしまして」


 白い歯を見せながら、桐葉はニヤニヤと満足げに目元を緩ませた。可愛い。


 それから、彼女は本妻の余裕を見せつけるように、長い亜麻髪をかきあげると立ち上がった。


「さてっと、そろそろボクは店に戻ろうかな。ボクがいないと、お店まわらないし」


 大人びた雰囲気を捨てて、桐葉はスポーツ女子のように快活に口を回すと、俺の食べかけクレープを奪い取り、俺が口を付けたところをひとかじり。

 ふたつのクレープを俺に押し付けてから、くるりと背を見せた。


「おい、戻るならテレポートするぞ?」

「ううん、歩いて戻るよ。高校一年生の学園祭は一生に一度しかないんだから。空気を肌で感じないと。でしょ?」


 肩越しに明るく笑う彼女に、俺はドキリとしながら自分の短絡さが恥ずかしくなった。


 その直後、桐葉は再び大人びた表情になった。俺がその表情に注目すると、彼女はデートのしめくくりとばかりに、慈愛に満ちた声音を震わせた。


「ハニー……ハチのボクを受け入れてくれて、ありがとう。いっぱい、いっぱい、ハニーの全部がたくさん大好きだよ」

「…………」


 置き土産のように言葉を残してくれた彼女の背を見送りながら、俺の胸には様々な想いが去来した。


 その果てに確信した。

 やっぱり、脚本は書き換えるべきだ。

 そのことを詩冴に相談しよう。

 そう、俺は決意した。


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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー16608人 537万7154PV ♥80524 ★6929

 達成です。重ねてありがとうございます。

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