第145話 大人の都合に振り回される子供たち


「えーっと、桐葉と美稲の試合は一時間40分後か」


 MR画面に表示したタイムテーブルを確認してから、俺は桐葉たちに電話をするか悩んだ。


「まだ取材中なら、電話したら迷惑かな?」

「取材が終わればハニーさんのアポートで一瞬で間に合います。ですが、私の時のように何か事件に巻き込まれている可能性はないのでしょうか?」

「んな漫画じゃあるまい……し」


 でも、その漫画みたいな展開が起きて、真理愛が通り魔に襲われたのが先月だ。


「真理愛、二人の居場所って念写できるか?」

「はい。麻弥さん、桐葉さんと美稲さんの場所を探知してください」

「わかったのです」


 こっくんと頷いて、麻弥はつぶらな瞳のまぶたを閉じて集中した。

 それから、真理愛がMR画面を展開した。


「麻弥さんの探知結果を地図に念写します。出ました。どうやらお二人は首相官邸ににいるようですね。映像を念写します」


 テキパキと作業を進める真理愛の姿は有能過ぎて、俺は舌を巻いた。

 俺、詩冴、舞恋、麻弥、茉美、早百合次官が見守る中、MR画面に二人の姿が映し出された。



「終わった? じゃあ美稲、早くハニーに連絡してアポートしてもらおうか」

「うん」


 VIPルームかと思うような豪華な客間で、二人は内閣メンバーである爺さんたちを前にソファから立ち上がった。


 しかし、そこへ総理大臣が待ったをかけた。


「待ちなさい。実は今、これまで石油を輸出してくれた中東の王族が日本旅行に来ていてね」


 総理はまるで媚びるようなニヤけづらで、桐葉と美稲に語り掛けてきた。


「是非とも君らに会いたいと言っているんだ」

「ヤダ。そんな約束していないし、ボクは早くハニーに会いたいの」


 けんもほろろに断り、桐葉はMR画面を表示させた。俺に電話をするつもりなのだろう。


「そう言わず」


 桐葉の顔とMR画面の間に手を差し込んで、総理はまるで中学生のように強引に、相手の都合も聞かずにまくしたてた。


「奥井君がメタンハイドレートを掘削してくれたおかげで火力発電の燃料には困らないが、プラスチック製品の材料や自動車、工場、ストーブの燃料などでまだまだ石油は必要になる。今ここで王族の機嫌を損ねるわけにはいかないんだよ」


 総理の言葉に、桐葉の顔からみるみる表情が漂白されていく。

 まるでゴミ虫を見るような目を向けてから、桐葉は顔を背けてMR画面を操作した。

 すると、美稲が桐葉に抱き着いた。


「まぁ、待って桐葉さん」


 その表情は愛想のよいものだが、どこか作り物めいた感じがした。

 営業スマイルのようなあの表情は、作り笑いだ。


「すいません総理。私たちも期待には応えたいんですけど、これからアビリティリーグのメインイベントの試合が控えているんです。この試合の成功がアビリティリーグの、それから戦闘系能力者の未来がかかっているんです。だから今日は失礼させてもらいますね」


 美稲は愛想笑いを浮かべなら、可能な限り総理の顔を立てながら断った。

 だが、総理は首を傾げた。


「何を言っているんだ。そんなもの観客を待たせればいいじゃないか」



 ――は?

 こいつが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。

 だが、俺の理解が追いつかないまま、総理は寝ぼけたことをのたまい続けた。



「それかキャンセルだ。たかだか一試合ぐらいなくなったからなんだ。イベントの予定変更や中止なんてよくあることじゃないか。そんなくだらない遊びよりも、外交のほうが遥かに重要だ。いいかい? 君ら子供にはわからないだろうが、これは極めて高度な政治的判断というやつなんだよ。いいから従いなさい」


「ですが、もしもメインイベントが中止になって興行が失敗したら、戦闘系能力者の人たちに仕事を与えるという目的が達成できません」


「別にいいだろう。戦闘系能力者たちは普通の仕事に就けば。それにこの程度のことで失敗するようなら、最初からアビリティリーグなんて流行りっこないんだ」



 総理の言葉に、俺は愕然とした。


 観客を待たせる、メインイベントを中止にする。


 それが、どれだけ観客を、消費者をガッカリさせることかわからないのか?


 それに、戦闘系能力者をないがしろにする台詞。


 戦闘系能力者に自分らしく生きてもらう、鬱屈した想いをさせず、第二第三の坂東や伊集院を出さない。


 そうした狙いだって企画書で説明したはずだ。


 しかも、自分で足を引っ張っておきながら、失敗したらそれは自己責任。


 まさに【地球中心天動説】ならぬ【自分中心他動説】。


 小学生レベルのわがままを、一国の総理が行っている事実に、吐き気すら覚えた。



 俺は二人を強制的にアポートしようとするも、映像の中で美稲が桐葉に耳打ちした。


「ここで総理に逆らったら、アビリティリーグ関連の許可が降りなくなるわ。ここはギリギリまで付き合いましょう」


 身をよじっていた桐葉は仕方なく、不承不承といった体でおとなしくなり、冷厳な表情を前に向けた。

 どうやら、二人は待つこと選んだらしい。


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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

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 達成です。重ねてありがとうございます。

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