第234話 総理は覇王の恨みを買った
すぐに早百合さんにメッセージを送るも、総理が捕まらないから状況がわからないと言われてしまった。
そうして放課後。
俺ら11人は異能省へテレポートした。
早百合さんの執務室へ向かうと、まさに早百合さんが部屋から出てくるところだった。
焦燥感に駆られる俺は走りながら、思わず声を上げてしまう。
「早百合さん!」
ぞろぞろと大所帯で迫る俺らに、早百合さんは厳格な表情で仁王立ちをした。
「来たか。ようやく総理が捕まった。私はこれから直接話を聞きにいくところだ。悪いが、私をすぐに首相官邸へテレポートさせてくれ。それと真理愛、話し合いの様子を念写で皆に見せてやってくれ」
「わかりました」
「承りました」
「じゃあ早百合大臣、送りますよ」
「うむっ」
早百合さんが頷くのを確認して、俺は彼女を首相官邸の前にテレポートさせた。
間、髪を入れず、真理愛は廊下の壁に向かって手を伸ばして、念じ始めた。
廊下の壁に、100インチはありそうなMR画面が展開された。
やがて映し出されたのは、首相官邸の前に立つ早百合さんだ。
早百合さんはSPたちの手で官邸の中へと招かれ、MR映像はそのあとをついていく。
――今更だけど、真理愛の念写って反則だよな。
セキュリティという概念が消える。
早百合さんは応接室へ通された。
少し経つと、細身の男性老人が入室してきた。
現在の総理大臣であり、オトモダチ人事で前日銀総裁と喧嘩して日本経済を崩壊させた、張本人だ。
ご機嫌な総理の挨拶を無視して、早百合さんは厳しい表情で詰め寄った。
「総理。あのニュースはどういうことですか? 内峰美稲を含め、日本人能力者は全員、異能省が管轄、保護するという話だったでしょう! まさか、国民を売り渡したのですか!?」
早百合さんの容赦ない詰問に、だけど総理は余裕の表情だった。
「まぁ落ち着きたまえ。内峰美稲の存在は日本と世界の間に不和を生む。グローバルな国際社会の平和と友愛のためには、彼女は国連の管理下にいたほうがいい」
画面越しでも、早百合さんの瞳に抑えようのない怒りの炎が燃え上がるのがわかった。
「彼女の意志はどうなるのですか!? これは人権侵害ですよ!」
当然の主張に、だが総理はマズイ飴玉を吐き捨てるように言う。
「人身売買のような口ぶりだな。そもそも、彼女は身柄を狙われているんだろう? これは拉致ではない、保護だよ。極めて人道的行為だ」
「狙っているOUに引き渡すことのどこが保護だ!」
とうとう敬語をやめ、早百合さんは敵意を剥き出しにした。
すると、総理も語気を強めた。
「思い違いをするな。OU政府ではなく、OUに本部のある超能力者管理委員会に引き渡すのだ。まったく、君は大臣でありながらこの繊細な違いが理解できんのかね?」
正論は効かないとわかると、早百合さんはすぐさま攻め手を変えた。
コンマ一秒の歯噛みを挟み、声を冷静に沈めた。
「くっ……ですが良いのですか? 内峰美稲がいなければ、都市鉱山や廃鉱山からの金属資源生成はできませんよ」
正論と道徳論が通じなければ、あとは欲得の話だ。
人は正義で動く常識人と欲得で動く非常識人に分けられる。
正論とは常識人を動かすためのものだ。
非常識人を動かすには、利益の話をしなければいけない。
「それはダイヤモンド半導体とて同じこと。我が日本が世界初の6G社会を実現し、来たる超デジタル社会でリーダーシップを取るという計画はどうするのですか?」
巧い。
世界のリーダーとして君臨できる名誉をチラつかせ、早百合さんは総理の篭絡にかかった。
世間体で動く政治家に、これは効くだろう。
だけど、早百合さんの目論見は外れた。
「何を言っているんだ? 金属資源はもう今後100年分を確保したんだろ? それに同じ事ならあのテレポーター、君の大事なハニー君にもできるんだろう? 内峰の代わりは利く」
図星に、俺と早百合さんの表情が同時に曇った。
OUの海水使用制限法案に対抗して、日本を守るために学校を休んで一生分の金属資源を用意したことが、裏目に出ている。
でもまさか、身内の総理が敵に回るなんて、思いもしなかった。
「ダイヤモンド半導体は確かに惜しいが、それでOUとの関係が改善して20億人の市場を手にできれば安いものだ。ダイヤモンド半導体で潤うのは電子機器業界だけだが、OU市場との繋がりを取り戻せば、全ての業界が潤う」
「しかし、6G社会を実現させれば、いずれは間接的に全ての日本企業がその恩恵を受けることになります。全ての業界のためと思うならば、今こそ天下十年の計を選択すべきです!」
もっともらしい理由を並べ立てる総理に、早百合さんは腰を低く、真摯な態度で頼み込み、頭まで下げた。
こんな男に早百合さんが頭を下げた、屈した。
その事実が俺の胸に刺さり、なんだか取り返しのつかない喪失感を覚える。
でも同時に、早百合さんの想いに胸を打たれた。
早百合さんだって、こんな男に頭なんて下げたくはないだろう。
けれど、早百合さんは自分のプライドよりも、美稲のことが大事なのだ。
その姿には、救国の英雄と言っても過言ではない高潔さを見た。
一方で、総理は早百合さんのつむじを見て、顔をしかめた。
「あ~、そもそもなんだその6G社会? 超デジタル社会なんて、そんな慌てなくていいだろ。このデバイスとかMRとかARとかよくわかんないものがあるから若者が堕落するんだ。6Gなんて早すぎるよ。アナログの方がわかりやすいし便利だろ」
と、1960年代生まれの総理は、自身の耳についているデバイスをわずらわしそうに指ではじいた。
かつてはパソコン、ネット、ケータイ、スマホがそうであったように、デバイスもまた、一部の年寄りには
この総理も、そのうちの一人なのだろう。
「それに、内峰美稲さえ引き渡せば奥井育雄と有馬真理愛、枝幸詩冴は所有していられる約束になっている。これは、高度な政治的判断というものだよ」
早百合さんは目を見開き、総理の表情に瞠目した。
「まさか……その三名のために売り渡したのですか? 内峰美稲はものではない! 代わりが利くからと、損得勘定で国民を犠牲にしていいものではない!?」
「なら大臣を辞めるか?」
裏切り者に脅しをかけるマフィアのボスのような口調で、総理は早百合さんを冷たくせせら笑った。
「君がいなくなれば、私の選んだ後任の者が就くだけだ。君の異能学園も、アビリティリーグも、その者が引き継ぐ。当然、異能省も退職だ。無職無役の身で何を守れる? 幸い彼らは君を慕っている。我々に逆らわなければこのまま異能大臣でいさせてやる。内峰以外のすべての超能力者のために働いてくれたまえ」
握り拳を震わせ、歯を食いしばる早百合さんの様子にほくそ笑み、総理は踵を返した。
「話は以上だ。帰りたまえ」
「お待ちください、私はまだ納得していません!」
「君の納得は必要ない、総理は私だ。中間管理職の二流大臣がイキがるな」
嫌味をたっぷりと含ませた声に、俺はMR映像だとわかっていてもなお、壁を殴りたい怒りに駆られた。
「それに次の予定がある。総理は多忙なのだよ。おっとそうだ」
悪の権化たる総理は退室間際に振り向き、いやらしく口元を歪めた。
「ひとつ聞いておきたいんだが、君はもうハニー君とはヤッたのかね?」
卑猥な動きで腰をくねらせてから、総理は嗤った。
「おとなしく従えば、法務省に命令して君がハニー君とわいせつ行為をしても目をつぶるよう働きかけてやろうじゃないか。ははははは」
最低の言葉を置き土産に、総理は応接室から出て行った。
独り残された早百合さんはうつむき、苦く辛い現実を飲み干すように痛々しい表情で震えた。
「すまない……内峰美稲……私が、貴君をプロジェクトに誘ったばかりに……」
この映像を見ているであろう美稲に向けた言葉はあまりに弱弱しく、いつもの早百合さんらしさは欠片もなかった。
でも、一番辛いのは当事者である美稲だろう。
彼女は総理に売り渡され、OUへ行くことが決まっているのだから。
「代わりは利く……か……」
ふと視線を移すと、美稲の目には生気がなかった。
生きることを諦めたような、悲しげですらない、無機質な表情を浮かべていた。
それで思い出した。
養子の美稲は、両親に本当の子供が出来ると、お払い箱とばかりに冷遇された。
それこそ、両親にとって美稲は、代替品でしかなかったのだ。
彼女の冷え切った心中を察して、俺まで胸が辛くなってくる。
俺らを本物と呼び、代替品を辞めて、偽物の世界から俺らの元へ来てくれた美稲は、だけど今、また総理のせいで代替品に貶められたのだ。
「あの、美稲」
なんて声をかければいいかなんて、わからない。
でも、声をかけずにはいられなかった。
けれど、俺の機先を制するように、美稲はMR画面に向かって呟いた。
「あ」
「え?」
前を向くと、MR画面の中で早百合さんは不意に、握り拳を額に叩きつけた。
念写のカメラアングルが、早百合さんの正面に回り込む。
赤く濡れた拳を掲げ、前を向いた早百合さんの両眼の奥は溢れる闘志で紅蓮に燃え盛り、その表情には世紀末覇王もかくやという気迫がみなぎっていた。
まるで、復讐と故国再興を決意する亡国の王子がごとき立ち姿に、俺は刮目せずにはいられなかった。
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本作の総理がダメすぎるので前にやった嘘のような実話ネタをまたやろうかと考えてしまう今日この頃。
7月1日にギフトをいただきました。
定期的に応援してくれて大変うれしいです。
今週分は4000文字オーバーでちょっと長めにしました。
次回更新予定は7月11日月曜日です。
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本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
フォロワー19237人 727万8024PV ♥111631 ★7878
達成です。重ねてありがとうございます。
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