スクール下克上・超能力に目覚めたボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました

第8話 ビューティーアルビノガール

「そしてこっちが」

　詩冴の白い指先が、ＭＲ画面をスライドさせた。

「五歳の時に撮ったエゾヒグマちゃんとのスクショっす♪」

「ッッ！？」

　俺を絶句させた画像に映っていたのは、ボスモンスター然とした怪物だった。

　まずデカイ。

　背中にまたがる詩冴が五歳児であることを考慮しても、まるでおひな様のように小さく見える。

　濃密な剛毛越しにもわかる重厚な筋肉の隆起――移動要塞かな？

　分厚くも鋭利で先端が尖り、湾曲した長い爪――ニンジャのかぎ爪かな？

　太すぎて頭と胴体を一体化させてしまう首――巨木の幹かな？

「ちょっと待て、何かがおかしい。俺の知っているクマと違う。これはあれか？　ＣＧのフェイク画像か何かか？」

「え？　あーあれっすね、イクオちゃんが言っているのは【ツキノワグマ】のことっすね。これは北海道固有の【エゾヒグマ】ってクマっすよ」

　あっけらかんと、詩冴は笑った。

「エゾヒグマ？」

「そうそう。ツキノワグマは体長１１０センチで体重８０キロのチビクマちゃんで」

　――体重８０キロはチビクマなのか？

「エゾヒグマは大きい子だと体長２７０センチ体重４００キロ、噛む力は８００キロ、走るスピードは時速６５キロ、川を泳ぎ木に登り、牛やライオンはワンパンキルで頭蓋骨でライフルの弾を弾く、別名山神キムンカムイ、または邪神ウェンカムイっす」

「バケモンだろ！　北海道の生態系レギュレーションどうなってんだよ！　そんな奴がそこら辺を闊歩してるとか北海道怖すぎるわ！」

「いやいや、それは本州の人の勘違いっすよ。いくら北海道でもクマがそこらへん歩いているわけないじゃないっすか。山のふもとの町に時々降りてきてニュースになるぐらいっすよ。う～んただぁ……」

　瞳からスゥッとハイライトが抜けて、詩冴の顔は、樹海の怨霊もかくやというほど暗くなった。

「山から下りてきたクマを撃つのはカワイソウとか言っている人は【三毛別羆事件】でググって欲しいすよねぇ……安全圏から無責任なこと言うなよ、こっちは命かかってんだよ……山に帰してもすぐ降りてくるしイタチごっこだし、そのたびに何人死ぬと思ってんすか……」

「さんけべつ？　え？」

「日本史上最大の獣害事件っす。村の全住民が避難して軍隊の出動を視野に入れつつ、銃火器と日本刀で武装した和人アイヌ連合討伐軍２７０人を動員しても仕留められなかったっす。イクオちゃんはググっちゃダメっすよ」

　ウフフフフ、とホラーマンガみたいに笑い、詩冴は脅してきた。

「お、おう、とりあえずググるのはやめとくよ」

「それにしても本州の動物はちっちゃくて可愛いっすね。北海道の動物ってみんな大きくてモフモフのプクプクっすから。おーよちよち」

　ころりと表情を変えて、詩冴は牡鹿の頭を撫で始めた。

　テンションの切り替えが早すぎる。

「モフプクも可愛いけどな、ていうかその可愛いのをお前は食肉加工工場へ送るのはいいのか？」

「うん？　そんなこと言ったらイクオちゃんだってヒヨコちゃんやコブタちゃんは可愛くないっすか？」

「それは……」

「この辺の感情はわからない人には一生わからないと思うんすけど、動物が好きで可愛いのと食べる食べないは何も矛盾しない感情なんすよ。ていうか他の生き物を食べるのは自然な行為でそれに善悪をつけるのが傲慢なんすよ。それに動物を食べるのは残酷で植物を食べるのは残酷じゃないってのはダブルスタンダードでしょ？」

　牡鹿を愛でながら、詩冴の笑顔は落ち着いた雰囲気に変わる。声も、どこか大人びた、穏やかな語調になる。

「ただ一つ言えることは、畜産家はみんな、牛や豚を可愛がっているし、この子らに養って貰っているって姿勢でお世話しているっすよ。社畜、なんて言葉があるけど、家畜のほうが何万倍も愛情と敬意をかけて貰っているんす」

「ッ」

　そう語る彼女の横顔に、一瞬、ドキリとさせられた。

　今の詩冴は、無償の愛で全てを受け入れる聖女のように、慈愛に満ちていた。

　そして、彼女は俺の方をまっすぐに見つめて言った。

「それにぃ、イクオちゃんだって可愛い子ほど食べたくなるでしょ？　性的な意味で」

「台無しだよ！」

　詩冴は、よこしまな欲望にまみれた邪悪な顔で笑った。

「サユリちゃんのおっぱいハンパないっすよね。あ、イクオちゃんと一緒にいたミイナちゃんとマイコちゃんもマジ巨乳で驚いたっす」

「内峰や恋舞をそういう目で見るなよな」

　両手の指をわきわきとみだらに動かす純白のアルビノ女子に、俺はツッコんだ。

「いやいや、シサエは自分よりおっぱい大きい人をリスペクトしてるだけっすよ？　ほら、巨乳ってご利益ありそうでしょ？」

　言いながら、詩冴が両手を頬に当てて身をくねらせると、彼女の胸が大きく揺れた。それを見ないようにしながら、俺は彼女の手をつかんだ。

「はいはい、お馬鹿言ってないで次の現場に行くぞ」

「ぃやん、冷たくしちゃいやっす♪」

　――次の現場に行ったら、すぐ内峰のところへ避難しよう。もうすぐ１０分経つし。

　沈鬱なため息をつきながら、俺はテレポートをした。

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