第7話 ハイテンションアルビノガール
港から総務省に戻った俺は、恋舞らサイコメトラーたちを警察署へ送り届け、他のメンバーも、それぞれの仕事場へ送った。
そうして最後に残ったのは、何十か所も周らなければならない、詩冴だ。
「ここが最初の場所っすね」
俺と詩冴は、東京都内のとある山中にテレポートしていた。
内峰の仕事場は潮風香る海だったけど、詩冴の仕事場は深い緑と土の匂いに包まれた、森林浴スポットだった。
四月の山中は草花が咲き乱れ、枝葉を見上げれば、リスの親子が走り抜ける貴重な姿が見られた。
「ああ。ここから順に十数キロずつズレて力を使えば、ローラー作戦式に東京中の動物を操れるはずだ。そういや今、気づいたんだけど、山の上で能力使ったら、ふもとの動物を効果範囲に収められないんじゃないのか?」
「それは大丈夫っすよ。オペレーションの効果範囲の半径10キロはドームや球状じゃなくて、円柱っすから。厳密には半径10キロ、高さ上下10キロずつの円柱空間が効果範囲なんすよ。だから山の形や高さに関係なく、すっぽりシサエの手の内っす♪」
「ならいいけど、オペレーションてどれぐらい持つんだ?」
「一瞬でも効果範囲に入ったら半年ぐらいは効き続けるっすよ。能力を使うのやめたら効果切れなんてオチはないんで安心してくださいっす♪」
詩冴はなぜか、両手を挙げたバンザイポーズで笑った。
そして、八重歯が可愛いという、どうでもいいことに気づいた。
「今更だけどお前の能力チートだよな。効果範囲といい時間といい、もうレベル100って感じだぞ」
「実家にいたときから10年以上毎日使いまくってますからねぇ。レベルキャップなんてもう越えてるっすよ」
指を三本立てたスリーピースを目元に当てて、「キラリン」とかふざける詩冴。
本当にどこまでもテンションの高い子だ。
パリピなうぇーい系かとも思ったけど、坂東みたいないかにも強そうな奴に媚びず、初対面から悪党ヅラ呼ばわりしたりするので、俺の好感度はかなり高い。
きっと、単純に明るく人好きな子なのだろう。
「それじゃあ早速行くっすよイクオちゃん!」
両手で拳を作り、肘をわき腹につける足を広げて仁王立つと、詩冴は純白のツインテールを震わせながら、あらん限りの力を込めて叫んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお燃えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおシサエの中の何かぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「お前はどこの少年漫画時空から来たんだよ!?」
「え? だってせっかく誰もいないんすから、第二形態に覚醒する練習をする絶好の機会じゃないっすか? シサエは実家にいた時から山や森にいくたび猛練習していたっすよ」
と、説明しながら、詩冴は国民的マンガ主人公たちの必殺技ポーズを、次々披露していく。
ナントカ波や、ナントカ拳のポージングをやり終えると、詩冴はくわっと目を剥いた。
「あっ!? 二人いればフュージョンできるっす! イクオちゃん! シサエと合体するっす! エロくない意味で!」
「逆にエロいわ!」
俺がツッコミのチョップを脳天に食らわせるジェスチャーをすると、何故か詩冴は上機嫌に喜んだ。
「えへへ、じゃあそろそろ真面目にやるっすよ」
また、握り拳で肘をわき腹につけて、マンガの主人公がスーパーモードに変身しそうなポーズで叫ぶ。
「半径10キロ以内の野生のシカ、イノシシの半分! 及び、全野生外来生物は消化器官の中身を空っぽにしてから近くの食肉加工工場まで移動するように! なお、シカとイノシシは年齢の高い順に、ただし子育て中の個体は除く!」
途端、山がにわかにざわめいた。
一方で、詩冴はなにごともなかったように、くるりと振り返った。
「これでOKっすよ。じゃあ次のポイントに行くっす」
「おう」
消化器官を空っぽにするのは、解体するときに邪魔だから、そして移動中、町を通るから、道路が動物のフンだらけにならないようにだ。
あと、年齢順なのは、絶滅に配慮してだ。
全部、俺、詩冴、早百合部長で話し合って決めた。
「えーっと、次のポイントは……」
「あ、シカちゃんっす♪」
俺がデバイスでMR画面を開いて地図を確認しようとすると、茂みの中から、立派な牡鹿が出てきた。
「君はちょ~っとこっちに来るっすよ」
詩冴は牡鹿を招き寄せると、大胆にも角を握りしめて、その背中にまたがった。
「ライドオン! イクオちゃん、スクショして欲しいっす!」
「え? おう?」
あまりにアクティブな行動に度肝を抜かれつつ、俺は言われるがまま、視界スクショで撮影した。
「うへへ、これでまたシサエのライドオンフォルダが潤うっす♪ 目指せ全動物制覇~♪」
「お前、前々からこんなことしてたのか?」
詩冴は、牡鹿の背中から降りて頷いた。
「はいっす。自分、実家が北海道でこの春にパパの転勤で引っ越してきたんすけど、北海道の動物は制覇したから、今度は本州の動物を制覇するっす」
――北海道出身で白い髪と肌って、イメージまんま過ぎだな……。
空中にMR画面を展開すると、詩冴は俺に画像フォルダを見せてきた。
「これがエゾシカちゃん、これが道産子馬ちゃん、これがキタキツネちゃん」
どの写真も、動物の背中に詩冴がまたがり、無邪気に笑っていた。
どれも、アイドルやモデルの営業スマイルじゃない。心の底からの笑顔だとわかる魅力があった。
この年齢で、赤ちゃんもかくやというほど天真爛漫に笑えるのは、もはや才能だと思う。
「そしてこっちが」
詩冴の白い指先が、MR画面をスライドさせた。
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