第155話 幸せな朝

 なんか幸せだった。


 目も耳も聞こえない闇の中、俺はひたすらに幸せな気分になっていた。


 知っている。

 これは、目を覚ます直前の感覚だ。


 まどろみの世界だ。

 前に見た動画の解説で、人間が感じるの事の出来る快楽ランキングは二位が性行為で、三位が二度寝らしい。


 起きる直前に、快楽物質であるコルチゾールが大量に分泌されるのが原因だ。

 もちぷにでやわらかい布団の感触。

 人肌のようなぬくもり。

 どっしりとした安定感のある重み。


 ――あぁ、布団の中は最高だ……いやまて、何かおかしくないか?


 心の中で邪心がささやいた。


「やわらかくて温かくて重みがある、それの何がおかしいんだ? 布団てそういうものだろ?」


 ――その通りだ。何も間違っていない。だけど、俺は何かに気づかないふりをしている気がする。待て、俺の中の邪心がささやく時って確か……。



 はにぃだいすき



 幸せな響きに鼓膜をなでられて、俺は覚醒した。


 そうだ。


 このやわらかさ、ぬくもり、重さは布団じゃない。ていうか今は九月。毛布はかけていない! これは! この感触は!


 邪心が舌打ちをしてから、俺は目を開けた。


 カーテン越しに差し込む太陽光でうっすらと照らされた室内。

 視界の左端には亜麻色の頭が覗いていて、俺はドキドキしながら顔を左に回した。


「はにぃだいすき すきだよはにぃ すきすきはにぃ はにぃすきだよはにぃ はにぃだぁいすき あ、起きちゃった?」


 まばたきを忘れるような絶世の美少女、もとい、俺の恋人である針霧桐葉がセクシースマイルで待っていた。


 彼女の甘い吐息に鼻腔をくすぐられて、頭の奥と首から下が過熱した。


 桐葉の亜麻色のロングヘアー、蜂蜜色の瞳、CGヒロインが文字通り顔負けする美貌を朝から拝んでしまい、Y染色体に由来する欲望を刺激されてしまう。


「き、桐葉!? じゃ、じゃあ!」


 薄い布団の中をまさぐると、手に吸い付くようにぷにぷにでスベスベの人肌の感触がした。


 その先にはシルク生地。これは下着か?


「ハニーのえっち」


 桐葉が上半身を起こすと、豊麗なバストに視界を占領された。

 彼女の白い肌よりもなお白いブラが女性の象徴を飾り立て、白ショーツが腰に食い込み、やわらかさという触覚情報を視覚情報に落とし込み、積極的に俺を誘惑してきた。


「き、きりはぁああああああ!」

「なぁに、ハニー?」


 背を逸らして、巨大な双子山の向こう側から蠱惑的な表情で尋ねてくる。


 ――こいつ、全てわかっているな。


「朝に、朝にその恰好は駄目だ! お前は全国数百万人の青少年を殺す気か!?」


 俺は両手でニヤける顔を覆い。


 指の隙間から全集中力を総動員して桐葉の下着姿を拝み倒した。


「ふっふ~ん。ハニーのお嫁さんも増えてきたからね。ここで一度、本妻としての存在感をアピールしておこうと思ってね」


 パチンとウィンクを飛ばしてくる桐葉の瞳。

 射抜かれて3秒間止まる俺の心臓。

 ズボンとパンツの中で全盛を極める俺の邪心。


 俺のへその上にまたがる桐葉のお尻が、もう十センチ下がったら、俺は刑務所送りになるだろう。


 なんで朝からこんな人生デッドオアアライブをしているんだ?


「た、頼む桐葉。いい子だからこのまま何も言わず部屋を出て15分間部屋に近づかないでくれ」

「その15分はなんなの!?」


 ニマニマによによ笑いながら、桐葉は亜麻色の髪を指でいじり始めた。


「その、クールダウンタイムというか、いや、ある意味すごく体温は上がるんだけど。て、だからどうしてお前はそうやって健全な青少年をいじめるんだ? 俺を苦しめて何が楽しいんだ? 俺は高校三年間を桐葉との思い出でいっぱいにするために明るい家族計画をだね」


 しどろもどろになりながら俺が抗議をしていると、桐葉がきょとんとまばたきをした。


「あ、それなんだけどねハニー。貴美姉弟の姉のほら、美方の被害妄想を聞いて気づいたんだけど」

「美方の被害妄想? 確か、俺に裸でアポートされて、いかがわしいことをされてからテレポートで元の場所に帰されたら完全犯罪ってあれか?」

「うん、もしかしてハニーがボクに注ぎ込んでくれたモノをアポートで取り出せば、問題ないんじゃないかな?」



「                                  」



 その時。


 俺はまるでアダムがエデンの園で知恵の実を口にした瞬間のような。


 あるいは、リンゴが落ちるところを目にして万有引力の法則を閃いたニュートンのような感動を味わっていた。


 俺の中で、紅蓮のマグマのように流動し続けながらエネルギーを溜め込んでいた邪心の封印が破れる。


 無限に湧き上がり果てがわからない衝動のままに、俺は上半身を起こした。


 そして、鬼の形相をした茉美が駆け込んできて、稲妻のような正拳突きにこめかみを打ち抜かれた。


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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー12500人 363万4115PV ♥55100 ★6091

 達成です。重ねてありがとうございます。

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