第87話 水着を買いに来たらツンがデレた

 俺の空手チョップにデコチューしてくる桐葉と詩冴も、こんな気分なのだろうか?


「ねぇ、あんた桐葉のハニーなのよね?」

「ん? ああ、彼氏やらせてもらっているぞ」


 急にどうしたと思いながら俺が応えると、ひょいと質問を投げてきた。


「美稲から聞いたんだけど、桐葉が前はお一人様だったってホント?」


 言われて、桐葉と出会ったばかりのことを思い出した。


 あの頃の桐葉は、ハチの能力が原因でいじめられた過去を引きずっていて、友達なんていらないと言っていた。


 その姿は、まるで中学時代の俺そのもので、見ていられなかった。


「ああ、ほんとだよ。今の姿からは考えられないだろ?」

「あんたが桐葉を変えたってのも本当?」


 今度は、体ごと俺に傾けて、声は好奇心で満ちていた。


「そりゃあ言い過ぎだ。俺はただ口を挟んだだけだ。だってそうだろ? 友達作れって言われて作れたら世の中にボッチはいねぇ。自分を変えられるのは、いつだって自分自身だ」


 坂東たちにいじめられて、孤立して、でもそれでいいと思っていた小中学校時代を思い出しながら、それでも俺は暗くならないよう、軽口を叩くように説明した。


「むしろ、俺に言われて美稲たちと仲良くなったならただの演技だ、偽物だ。でも桐葉は違う。あいつは自分の意思で美稲や真理愛たちと仲良くしているんだ。それはあいつが自分の意思で変わったってことだ。あいつの成長だ。違うか?」


 俺が同意を求めると、茉美は一瞬うつむいてから、子猫が鳴くような声で「本当にマウントしないんだ」と呟いた。


「マウント?」


「美稲から聞いたのよ。ほら、普通の人って他人の手柄を横取りしたり自分との共同だったことにしたりそれが無理なら難癖つけてくるでしょ? 頭の中はいかに他人を下げて自分を上げるか、みたいな? そういう馬鹿が時々いるんじゃなくて、みんな誰でも多かれ少なかれそういう部分あると思うのよね」


「悲しいことにそうだな。他にも自分の特徴を過大評価して他人の特徴を過小評価したりとかな」


 勉強ができる奴は世の中は学歴だと言って運動部員を脳筋とバカにする。

 運動部員は運動能力で人のことを評価して文科系を地味で根暗とバカにする。

 音楽ができる奴はスター気取りでサラリーマンのことを社会の歯車とバカにする。


「そうそう。チビをバカにする長身とか、ブスをバカにするイケメンとか、インドア派をバカにするアウトドア派とかね。モデルとかそれを職業にするならともかく社会に出たら身長や顔や趣味なんてなんの意味もないのにくだらない」


 的を射た台詞に、つい感心してしまった。


「お前、大人だな」

「まぁね。でも、まわりにバカが多いほど精神年齢は高くなるのよ。そういう育雄もかなり精神年齢高いわよ。あんたより幼稚な大人、いっぱいいるんじゃない?」

「総理とか?」

「あたり」


 ニヤリ、と悪い顔をする。けど、茉美の悪い顔には愛嬌があった。


「ん~、桐葉たちの気持ちわかるなぁ、あたしもあんたのこと好きだし」

「たちって、詩冴とかか?」


「みんなからハニーなんて呼ばれているくせに何言ってんのよハニーくん。みんなよみんな。美稲も詩冴も舞恋も麻弥も真理愛も、みんなあんたのこと好き過ぎて軽く引いたわよ。ここはハーレムかって。なのに肝心のあんたは桐葉の彼氏だしみんな桐葉と友達だし、あんたらってどういう集まりなの?」


「クラスメイトで友達で同僚ってだけだよ。それと、みんなが俺をハニー呼びしているのは桐葉の彼氏だから彼氏さんて仇名みたいなもんだ。別に恋人じゃねぇよ」


 だから、いい加減ハニー呼びはやめて欲しいと思っている。


「へぇ、桐葉一筋なんだ。そういう恋に真面目なの好きよ、あたし」

「ああ。桐葉が悲しむようなことだけは、絶対にしたくない。逆に、桐葉が望むことは、可能な限り叶えてやりたい。あいつは、もう幸せになっていいんだ」


 毒蜂の能力を持っている、ただそれだけで毒虫女としていじめられてきた彼女の境遇を思い出しながら、俺はしみじみと言った。


「まさか、安い同情じゃないでしょうね?」


 声のトーンを落とされて、俺は苦笑を漏らした。


「んなわけないだろ。実際あいつ、すげぇ可愛いんだぞ。無邪気で明るくて、だけど小悪魔的に妖艶で、時々クールで、その時の気分でいろんな顔を見せてくれるけどでも全部本物の桐葉で、魅力の底が見えねぇよ」


「あー、分人(ぶんじん)ってやつね」

「一時期話題になったよな。えーっと、確か人の多面性を現した言葉だっけ?」

「だいたいはそんな感じね」


 人差し指を立てて、茉美はちょっと先生口調で語り始めた。


「時と場所によって態度が変わる人が、どれが本当の自分なんだろうって悩んだり、知り合いがいつもと違う態度なのを偶然見て本性を知ってしまった、とか言うけどそれは間違い。本当は全部本性で、全部本当の自分」


 聞きやすいよう、声に抑揚をつけて、彼女は言った。


「恋人と上司への態度が同じなわけがない。遊んでいる時と仕事をしている時が同じテンションなわけがない。そもそも人は時と場合と相手によって態度が変わるのは当たり前。だけどそれは演技じゃない。仕事をしている時は自然と気が引き締まるし恋人とデートをしている時は心が弾んでテンションが高くなる。だから態度が変わって当たり前。嬉しい時と怒っている時で態度が違うように、気分によって態度が変わるのは当然」


「そりゃそうだ」


 俺も、家で桐葉と一緒にいる時と、学校で坂東と一緒にいる時は、態度が違う。


「たとえば会社では真面目な太郎さんが、大学時代の友達と街で遊ぶ時にはっちゃけていたとして、会社での太郎さんは演技ではっちゃけたのが本性? そうじゃなくて、はっちゃけた人だけど仕事は真面目にこなすタイプってだけでしょ? 逆に大学時代の友達相手に敬語で折り目正しく接したり、会社の上司相手にはっちゃけた態度をとる方が問題じゃない?」


「なるほどな」


「つまり、桐葉はあんたのことが好きで気分がいいから明るくて、あんたなら甘えさせてくれるってわかっているから無邪気に甘えちゃう。そしてあんたが隙を見せるとイタズラ心が刺激されて性的にからかう。だけどピンチになったり油断できない相手がいる場だと警戒心が高くなって、頭のリソースを観察と解析に回すからクールになる。そんなところじゃないかしら?」


「意外に博識なんだな」


 素直に感心したのだが、茉美はへの字口で憤慨した。


「あのね、あたしも一応、桐葉や美稲と同じ特進クラスなんですけど?」

「そういやそうだったな。完全にメスライオンキャラだと思っていたぜ」

「どういう意味よ!?」


 ギンッ、と眉を吊り上げて、握り拳をかざしてくる。

 俺は、彼女をなだめようと、手をかざした。


「だからそういうところだっつの」

「そういうあんたも女子にメスライオンとか無神経すぎでしょ。あたしじゃなかったら本気で殴られているんだからね!」

「それを言うなら茉美だから言ったんだよ。赤の他人にメスライオンとか言えねぇだろ?」

「んぐっ」


 俺が失笑を漏らしながら歯を見せると、茉美は頬を染めながら怯んで、拳を下ろした。

 それからうつむいて、恨めしそうに横目で見上げてきた。


「あんた、わざとやってる?」

「何がだ?」

「もういいわよ……はぁ、真理愛たちの苦労が忍ばれるわ……」


 肩を落としながらため息をつく茉美。


 正直、こいつが何を言いたいのかわけがわからない。


 それこそ、真理愛なら茉美の考えていることもわかるんだろうけど、俺はテレポーターなので無理だ。


 相手の考えていることを俺の頭の中にテレポートとかできたら便利なんだけどな、と一瞬考えてから、かぶりを振った。


 ――相手の心を覗き見るなんて、人として最低じゃないか。


 その矢先、桐葉や詩冴、真理愛たちが戻ってきた。


 こいつらはいつも人の心を覗くどころか晒しモノにしているけどな。


「ハニー、海で着る用のとは別に部屋でハニーに見せる用のヒモビキニ選んでぇ♪」

「ハニーちゃん、舞恋ちゃんにTバックをはかせる手伝いをして欲しいっす♪」

「どうしたのですかハニーさん? 顔が疲れていますよ? ハニーさんにそんな顔をさせる不届き者はどこですか?」

「実はな、目の前にいるんだ」


 三人の頭上に疑問符が浮かんだ。

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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

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 達成です。重ねてありがとうございます。



 明日は19時過ぎ更新です。

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